今回紹介するのは、ゴッホ最後の傑作と言われる『カラスの群れ飛ぶ麦畑』と作品が描かれた麦畑。世界中の人々から愛される画家ゴッホの最終章をみてみます。

ゴッホが南フランスから最後に移り住んだ村オーヴェール・シュル・オワーズ。ここにに移り住んだのは、医師のポール・ガシェの存在と彼の故郷であるオランダへの追憶の念が強くあったからとされます。南フランスでの発作が少し落ち着いた頃に、弟のテオが北への移住を兄に勧めました。

この地で描かれた作品は、彼の最期2ヶ月間のものになります。この短期間に沢山の傑作を生み出しました。
その中でも特に有名な作品『カラスの群れ飛ぶ麦畑』(1890年 7月)。ドラマチックな人生を過ごしたゴッホの最晩年の傑作作品として知られます。
1890年7月のゴッホ
ゴッホは1890年の7月に25点の作品を制作します。その中でも麦畑を描いたものが数点あります。

『オーヴェール近くの平野』
ミュンヘンのノイエ・ピナコテーク所蔵の『オーヴェール近くの平野』を見てみましょう。ゴッホ独自のうねるタッチが画面全体に展開しています。黒い鳥が草の上を飛んでいるのが見えますね。鳥が飛んでいるので、天気がいいのでしょう。この時期のノルマンディーの空気感も伝わってきます。

『雨空の干草の山』
そして、ゴッホの素晴らしいコレクションがあるクレラー・ミューラー美術館にある『雨空の干草の山』。同じように鳥が飛んでいるのが見えます。しかし、これは雨の気配がありますよね。雨が降っている中で、鳥たちが飛んでいる様子が描かれます。


画面の大きな部分を地表が占め、3分の2ほどが空が占めます。干草が画面真ん中の辺りにありますが、気になるのが黄色と青色の色使いです。これは『カラスの群れ飛ぶ麦畑』での色合いに大きく現れるところです。
『カラスの群れ飛ぶ麦畑』
さて、そしてゴッホ最後の傑作と言われる『カラスの群れ飛ぶ麦畑』。風景画というよりは、ゴッホの心象風景画ともいえる独特の雰囲気を持った作品です。詳しく見てみましょう。


この作品は、彼の絶筆作品と呼ばれることがあります。しかし、実際はこの絵が絶筆だという確証はなく、ゴッホの手紙でこの絵について言及されている箇所を考慮すると、自殺の3週間ほど前に作成されたと考えられます。

絶筆かどうかはともかく、この絵の持つ不吉な雰囲気から画家の「絶筆である」というのが定着してきました。また、後の展覧会でもこの作品が「悲劇の巨匠の絶筆作品」と紹介された事もありました。
確かにカラスの群れや、波打つ麦畑、ドス黒い空などは、壮絶な人生を送った炎の天才画家のドラマチックな人生にはぴったりで、いわゆる絶筆伝説として後世の映画や伝記などにはぴったりでした。
ところでゴッホは、麦畑を南フランスにおいても多く描いています。麦は通常秋に種をまき、翌年の夏場、6月から8月ぐらいの間に収穫します。この麦刈りという主題ですが、キリスト教的には麦を人の人生に喩え、麦が刈られるというのは死を意味します。まあ、ゴッホは、南フランスの太陽のもとで麦畑を描きますが、そういった主題の意味よりも色彩に魅せられていたのかもしれません。
しかし、オーヴェールでのゴッホの心境を探っていくと、麦畑という主題を描きながら聖書的な意味もくんでキャンバスに彼の心象風景が強く現れているとみていいかもしれませんね。

色彩から見るゴッホの心情
麦畑という主題もですが、やはりゴッホ作品は、色彩に注目です。

上半分が深い青、そして下半分がゴッホの代名詞である黄色です。彼は『ひまわり』シリーズをはじめ、クリームイエローの黄色を好んで用いいました。この黄色を鮮やかにするため、弟のテオには白もたくさん注文しているのが手紙からわかります。
黄色は色彩心理学的にも、希望であったり楽しい雰囲気、注目を集めたいなど、どっちかと言うとポジティブなイメージを連想させます。
そして、青です。色には赤、黄、青の三原色というのがありますが、これらの色と白と黒で全ての色ができます。これを色彩循環であらわしますが、ここでは黄色と青色に注目すると、色循環の正反対に位置しているのが黄色と青色になります。ここでは色彩理論については詳しく書きませんが、ゴッホに関しては、やはり彼の感情が色に出ているというのがあります。そうです、ポジティブな感情色である黄色の反対としての青色です。青は絶望感や諦めを現しているといいます。

彼の手紙を見ても色彩理論には興味があったのがわかります。しかし、最後の時期であるこの頃は、彼の理論的実験というよりも、希望と深い絶望がそのまま色に出ていると言っていいでしょう。
この時期のゴッホは、テオの家族の事から深い絶望感にあったといいます。テオ夫妻に出来た子供、テオ夫妻の経済苦やオランダへの帰省計画などが、ゴッホには辛かったと言われています。
オススメの本
『ゴッホのあしあと』と『リボルバー』。原田さんの本は数冊読んでいますが、小説なので、美術の解説とは違い読みやすいです。そういった意味でも、旅のお供に最適な本。
※ Kindleでも出ているので、iPad miniで読むのがいいですよ。
ゴッホが筆を持った麦畑へ行ってみる
この舞台になった麦畑へ行ってみました。
この麦畑は、オーヴェールのゴッホの下宿先から徒歩で約10分から15分ぐらいの場所にあります。ゴッホの旅としてフランスを旅することがあれば、パリからもすぐ行けるので、ぜひ訪れてみてください。


この作品が描かれた場所は、ゴッホにとっては非常に寂しい場所だったのかもしれません。波打つ麦畑が、眼前に広がります。ここでゴッホは、どのような心境で絵を描いていたのでしょう。
この麦畑の前に立って、彼の作品と人生を想うと、何か胸に迫るものがありました。ちなみに、晴れた日はとても散歩に気持ちがいいです。

この麦畑付近で、後に自殺を図ったと言われます。(実際自殺を図った場所は、違う場所という調べもあります。)絶命していなかったのに気がついた彼は、そのまま歩いて下宿へ戻りました。
ともあれ、この絵を描いた麦畑は、まさにゴッホが自分の意思で最後に出かけて行った場所のひとつと言っていいでしょう。
実際の景色と彼の作品を照らし合わせて観るのにとても興味深い場所です。
Photo and Writing by Hasegawa, Koichi and Shino
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