はじめに
今回はゴッホが描いた人物シリーズ。彼の作品に登場する人物ポール・ガシェとは何者か?というテーマでお届けする。ゴッホ終焉の場所であるオーヴェール・シュル・オワーズが舞台。
オーヴェール・シュル・オワーズ(フランス)
ゴッホが描いた人物画:興味深い人物たち
ゴッホの作品は、糸杉などの風景画やひまわり等の静物画が有名だが、人物画にも有名な作品が多い。パリの画商タンギーや、アルルの郵便配達人ジョゼフ・ルーランなど、傑作が多いし、モチーフになった人物もまた、ゴッホの人生に登場する重要人物たちだ。
タンギー爺さんことジュリアン・フランソワ・タンギーは、絵のバックに浮世絵が描かれていることから、当時人気だったジャポニスムの作品、つまり日本の浮世絵を当時まだまだ貧しかった印象派の画家にも触れさせた重要な人物。
彼の画廊には、印象派の作家たちをはじめ、沢山の画家が出入りしていたそうだ。
タンギー爺さんとゴッホも関係が深く、ゴッホ没後も彼の作品を画廊に置いていたそうだし、ゴッホの葬儀にも参加した数少ない人物として知られる。
このように描かれた人物を深堀りしていくと、ゴッホの人生にいかに関わっていたかがわかって、面白い。
ポール・ガシェ:ゴッホの精神科医
さて、今回注目するのは、同じくゴッホによる肖像画で有名なポール・ガシェ (1828-1909)という精神科医。彼は最晩年のゴッホを診療した医師として知られる。
またこれは補足だが、彼の子息は、その父親の遺したゴッホ作品や印象派作品をルーブルへ寄贈した人物で、もちろん彼も父親とゴッホの最後を看取った人物であるし、とにかく彼らはフランス美術にとっても、なかなかのポジションにいる。
さて、ゴッホはガシェの第一印象を弟テオに手紙で以下のように書いている。
「彼は俺より病気か、俺と同じぐらいかもしれん」
アルルで有名な耳切り事件を起こし、サン=レミの精神病院に一年間入っていたゴッホに、「俺より病気なんじゃー。。」と言わしめたガシェとは、どんな医者だ?と興味が出てきませんか?
ゴッホがオーヴェールへ移り住んだ理由は?
実はゴッホがパリ近郊のオーヴェール・シュル・オワーズに移り住んだ理由のひとつとして、ガシェが当地に住んでいたことが挙げられる。
弟テオは、兄貴を診てくれる医者をさがしていた。そんな時、カミーユ・ピサロやポール・セザンヌなど印象派作家達と親交もあり、自身もアマチュア画家であったガシェを紹介される。
もともとガシェは、パリで開業をしていたが、親の遺産もあり、余裕のある生活をしていたため、様々な芸術家や文化人と交流する生活を送っていた。
やがて、妻の病気のためにオーヴェールに引っ越しをする。
ゴッホとの交流
ゴッホのガシェへの第一印象は上記のように、あまりよくなかったかもしれないが、徐々に彼らは親しくなっていく。
ゴッホは妹ヴィルへの手紙で、
「非常に神経質で、とても変わった人だ。体格の面でも、精神的な面でも、僕にとても似ているので、まるで新しい兄弟みたいな感じがして、まさに友人を見出した思いだ」
と述べている。
ガシェは、よくゴッホを自宅に食事に呼んだりした。ゴッホは、彼の家の庭もよく描いている。
また、弟テオ一家がゴッホを訪ねてオーヴェールへ来た時などは、おそらくゴッホはガシェ宅でワイワイと楽しい時間を過ごしたであろう。
ゴッホにとって、幸せなひと時をオーヴェールで過ごした時、近くにはガシェ医師がいた。
ガシェを描いた肖像画が2点あるが、メランコリックな表情で肘をついているのが印象的だ。
ヴィルへの手紙にも言及しているが、ゴッホは彼の中にも自分に似た憂鬱質な性格を感じていた。
西洋美術史において、メランコリックといえば、デューラーの『メランコリア I』(1514)が有名だが、『ガシェ医師の肖像』もメランコリックな人物を表現している傑作であろう。
現在、ガシェの家は公開されていて、家の内部と庭も見ることが出来る。
ゴッホを看取ったガシェ親子
ゴッホが自殺した時は、彼の希望ですぐにガシェ医師が下宿ラグー亭に呼ばれる。ガシェは、すぐに駆けつけ、テオ等と最期を看取った。
「ゴッホを自殺に追いやるほど治療が進まなかった」とガシェは批判をされる事も多々あるが、実際はオーヴェールでのゴッホとの時間も2ヶ月少しと非常に短いものであった。
ゴッホは、2か月ほどの滞在で、70点あまりの作品を制作した。その裏にはガシェ家との交流が制作意欲に結びついていたのかもしれない。
それは、ゴッホが最期に過ごした束の間の人間らしい時間の結果かもしれないのだ。
また、前述したとおり、ガシェ医師の子息が、ゴッホ・コレクションを当時のルーブル美術館へ寄贈した経緯も見逃せない。
彼は当時のルーブル学芸員であった美術史家として有名なルネ・ユイグを通して寄贈した。彼は、ルーブルに来てはよくユイグを訪ねて来たそうだ。
ガシェ氏のコレクションは、とても充実したコレクションだった。ガシェ医師と家族は、ヴァン・ゴッホのみならず、ドービニー、ピサロやセザンヌといった印象派の画家たちも自宅に招いては振る舞ったそうだ。そういった縁からか、彼のコレクションはとても美しいものであったそうだ。
今、ガシェ氏という個人の手から公に出された結果、我々も鑑賞することができることとなった。
そうそう、この子息も父と共にゴッホの最期を看取った人物。一家ぐるみの付き合いが浮かび上がってくる。
ガシェの医師としての力量は不明なところもあるが、彼とその家族は、ゴッホ最終章に出てくる主要登場人物として、人々の記憶に残っていくであろう。
Photo and Writing by Hasegawa, Koichi and Shino
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