旅する美術史:シャンボール城とレオナルド・ダ・ヴィンチ 二重らせん階段に見るルネサンスの想像力
はじめに
フランス・ロワール地方には、美しい城がいくつも点在している。
その中でも、ひときわ強い印象を残すのがシャンボール城だ。
ロワールの城は、それぞれに優雅で、風景の中に溶け込むような魅力を持っている。
けれどシャンボール城は、その優雅さに加えて、どこか異様なほどの大きさと、強い視覚的な迫力を備えている。
遠くから見てもすぐにそれとわかる輪郭。
無数の尖塔や煙突が空へ向かって立ち上がる屋根のシルエット。
白い石の肌。
この城には、ただ「美しい城」というだけでは済まない、特別な過剰さがある。
しかも、この城を語るとき、しばしば思い出されるのがレオナルド・ダ・ヴィンチの存在だ。
彼がシャンボール城に住んでいたわけではない。
ここに彼の作品が残っているわけでもない。
それでも、この城の中心に置かれた二重らせん階段を前にすると、レオナルドの発想を思わずにはいられない。
今回は、旅先でこの城を実際に歩きながら感じたことを起点に、
シャンボール城を「ロワールの名城」としてではなく、
ルネサンスの想像力が建築となって現れた場所として見てみたい。
1. ロワールの森に現れる白い城
シャンボール城は、フランソワ1世の狩猟用離宮として建設された。
とはいえ、「離宮」という言葉から想像する規模を、この建築は軽々と超えている。
426の部屋、282の暖炉、77の階段。
こうした数字だけを見ても、その異様なまでのスケールは伝わってくる。
けれど、実際に現地に立つと、その巨大さは数字以上のものとして迫ってくる。
シャンボール城は、ひとつの建物というより、巨大な建築的風景と呼びたくなるような存在だ。

正面ファサードはおよそ128メートルに及び、左右に長く伸びた量感の上に、複雑な屋根のシルエットが載っている。
塔、煙突、小尖塔、窓。
それらが重なり合って立ち上がる様子は、まるでひとつの空想都市のようだ。
この城が見る者の記憶に残るのは、単に大きいからではない。
垂直性を強調する屋根の構成と、白い石がつくる明るい表情が、
重厚さと幻想性を同時に生み出しているからだろう。
ロワール地方の城をいくつか見て回ると、シャンボール城は明らかに特別だとわかる。
優雅というより華麗、静かというより壮観。
その姿には、フランス王権の自己演出のようなものが、建築の形でそのまま表れている。
僕がこの城に惹かれたのも、まずはその過剰なまでのシルエットだった。
遠くから眺めたときの印象と、近づいたときの印象がずれない。
むしろ近づくほど、その造形の奇妙さが増していく。
この城は、外観を見るだけでも十分に面白い。
2. 二重らせん階段とレオナルド・ダ・ヴィンチの影
シャンボール城を訪れた人が、内部で最も強い印象を受けるのは、やはり中央の二重らせん階段だろう。

この階段は、二つの螺旋が並走しながら、互いに交わらない構造になっている。
同じ中心を共有しているようでいて、上る人と下りる人は出会わない。
この仕組みには、単なる機能性を超えた驚きがある。
階段というのは本来、上へ行くか下へ行くかのための装置にすぎない。
けれどここでは、その移動のための装置が、空間そのものを考えさせる建築的な主題へと変わっている。
シャンボール城の中心には、まるでひとつの思考実験のような階段が置かれているのだ。
この二重らせん階段をめぐって、しばしばレオナルド・ダ・ヴィンチの名が語られる。
その理由は、フランソワ1世がレオナルドをフランスへ招き、彼がアンボワーズ近郊で晩年を過ごしていたこと、
そしてシャンボール城の建設計画がちょうどその時期に始まっていることにある。
建設開始は1519年。
これはレオナルドが没した年でもある。
最終的な設計者は別に考えられているが、計画の初期段階で彼の発想が何らかの形で反映された可能性は、やはり考えたくなる。
もちろん、レオナルドがこの階段を確実に設計したと断定できる決定的な史料が残っているわけではない。
けれど、この構造を目の前にすると、ただの偶然とは思えない。
空間を単なる器としてではなく、知性と想像力が働く場として捉えるような態度。
そこにはたしかに、レオナルド的と呼びたくなる何かがある。

僕自身、この階段を見たくてシャンボール城を訪れた。
実際に歩いてみると、その魅力は写真で見る以上だった。
視線が抜け、中心があり、螺旋が伸びていく。
その動きの中にいると、自分が単に階段を上っているのではなく、
建築の考え方そのものの中を歩いているような感覚になる。
シャンボール城がただの名城ではなく、旅する美術史の対象として面白いのは、
こうして建築が思想の気配を帯びているからだと思う。








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