アートコラム: ゴッホ最晩年に描かれた傑作『オーヴェルの教会』(1890)に現れるゴッホの心象をみる

はじめに

ゴッホの最晩年を彩る傑作のひとつである『オーヴェルの教会』(1890、オルセー美術館)は、彼の芸術的な到達点を示す重要な作品である。

南フランスで生み出された『ひまわり』をはじめとする多くの作品が世界的に知られる一方、ゴッホは人生の最終章をフランス北西部の小さな村、オーヴェル=シュル=オワーズで過ごし、そこで多くの名作を残した。その中でも『オーヴェルの教会』は、ゴッホの孤独や内面の葛藤が色濃く反映された一枚として高く評価されている。1890年5月から7月までのわずかな滞在の間、彼はこの静かな村で生涯の幕を下ろすこととなった。

『オーヴェールの教会』(1890年6月)

空のうねるような独特な表現や、昼なのか夜なのか判別しにくい色使いは、まさにゴッホらしい特徴である。画面中央に描かれた教会も強い存在感を放っており、また道行く人々の姿が何を象徴しているのか、その解釈にも興味が尽きない。
この絵を通してゴッホの心象を探ることもまた興味深い試みである。今回は、彼自身の信仰心やそれに対する感情に焦点を当てて考えてみたい。

オーヴェル=シュル=オワーズ

ゴッホと信仰心を考える

人の内面や信仰心は、普段目に見えるものではない。ましてや過去の人物であれば、その心の中を探るのはさらに難しい。しかし、このテーマは非常に興味深いのではないだろうか。歴史上のアーティストについて理解を深めるには、まず何よりも作品から迫るのが適している。特にゴッホの場合、彼の残した作品に加え、手紙や彼が辿った足跡も、信仰心や内面を知る手がかりとして非常に参考になる。

聖職者志望だった若き日のゴッホ

ゴッホの信仰心を考える際、まず若き日の彼に目を向けるといいと思われる。というのも、画家としての道を歩む前、彼は聖職者、もしくは牧師を志していたのである。つまり、ゴッホは当時、非常に強い信仰心を持っていたと言える。もちろん、聖職者という職業を単なる職業として見ていたかもしれないが、そこに至るまでには何らかの理由や背景があったことは想像に難くない。この点についてはここで深く掘り下げることは避けるが、『オーヴェルの教会』という作品において、彼の信仰心や教会に対する思いがどのように表現されているのか、注目してみたい。

オーヴェルの教会 (1890)

『オーヴェルの教会』は、ゴッホが5年ぶりに教会をモチーフとして描いた作品である。これ以前に教会を描いた作品としては『ヌエネンの教会 農民の墓地』(1885)が挙げられる。このニューネン時代の作品と比べると、『オーヴェルの教会』には、私たちがよく知るゴッホ独特のタッチが見られる。まさに、うねるような筆致と豊かな色使いが、この作品には溢れている。

『オーヴェールの教会』(1890年6月) のモチーフになったノートルダム教会

『オーヴェルの教会』には、ゴッホの教会に対する複雑な考えや思いが表れているように思う。彼は深い信仰心を持っていたが、当時の教会の退廃に絶望していたとも言われている。描かれた教会は正面ではなく裏側から捉えられており、道行く女性が教会に向かっているのか、それとも別の方向へ進んでいるのかは定かではない。また、空模様にはうねるような黒が描かれており、昼なのか夜なのか判断がつかない。全体の景色は昼間のように見えるが、教会を包む雰囲気は夜を思わせる。

こうして作品を観察していくと、ゴッホの教会に対する複雑な思いが伝わってくるようである。

また、この教会が、牧師であった父親を象徴しているという解釈も可能だ。ゴッホと父親は何かにつけて衝突していたが、教会をモチーフにしたとき、彼は父親のことを思い出していたのかもしれない。

オーヴェルの町並み

ゴッホが亡くなった際、このノートルダム教会は彼の葬儀に使う馬車の貸し出しを拒否した。教会の教義に基づき、自殺者には協力しないという理由である。これはキリスト教の教義に根ざしており、例えばダンテの『神曲』でも、自殺者は地獄編に登場することがその一例だ。

こうした彼の教会に対する想いや、死後のエピソードとは別に、この作品における色彩の使い方は見事で、ゴッホ自身、

「ヌエネンで描いた古い教会とそっくりだが、今は色彩がもっと表現的に、華麗になっている」

と言っている。

ゴッホはオランダを離れ、パリ、アルル、サン=レミで独自の色彩表現を天才的な感覚で磨き上げた。そして辿り着いたのがオーヴェルである。ここには、彼が5年間で培った色彩の技法が凝縮されており、その成果はまさに傑作と呼ぶにふさわしい。

Photo and Writing by HASEGAWA, Koichi

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