旅する美術史:ゴッホ《アルルの跳ね橋》を訪ねて 南仏の光、日本への憧れ、故郷オランダの記憶

復元されたアルルの跳ね橋

旅する美術史:ゴッホ《アルルの跳ね橋》を訪ねて 南仏の光、日本への憧れ、故郷オランダの記憶

はじめに

今回ご紹介するのは、南仏アルルと、ゴッホの名作《アルルの跳ね橋》です。

ゴッホが描いた「跳ね橋」シリーズは、アルル時代を代表する作品群のひとつです。
明るい南フランスの光、水の青、土手の色、橋の黄色。
この作品には、彼がアルルで見出した新しい色彩の世界が、驚くほど率直に現れています。

けれど《アルルの跳ね橋》の魅力は、単に明るく美しい風景画というだけではありません。
この橋には、ゴッホにとって特別な複数の意味が重なっていました。
そこには南仏への感動があり、故郷オランダへの記憶があり、さらに彼が理想化していた「日本」への憧れもまた映り込んでいます。

今回は、ゴッホがなぜこの橋を繰り返し描いたのか、
そして実際にアルルを訪ねると、この作品がどのように見えてくるのかを、旅する美術史としてたどってみたいと思います。

《アルルの跳ね橋》(1888年)クレラー=ミュラー美術館(オランダ)

アルルの場所

ゴッホ作《アルルの跳ね橋》シリーズ

ゴッホがこの橋を描いたのは、1888年3月のことです。
南フランスに春の気配が漂い始め、風景が少しずつ色を取り戻していく時期でした。
アルルにやって来たゴッホにとって、この季節は待望の光の季節でもありました。

彼が描いたのは、アルル近郊に実在したラングロワ橋です。
フランス語では「Le Pont de l’Anglois」と呼ばれ、運河に架かる実用的な跳ね橋でした。
ゴッホはこのモチーフをとても気に入り、油彩4点、水彩1点、デッサン数点を残しています。

このシリーズを見ると、後のゴッホ作品に通じる特徴がすでに揃っています。
強い色彩の対比、浮世絵を思わせる平面的な構図、そして絵具を厚く置くインパスト。
《アルルの跳ね橋》は、ゴッホが南仏で自分の絵画を一気に押し広げていく、その入口にある作品群なのです。

アルル時代のゴッホを考えるとき、《ひまわり》や《夜のカフェテラス》に目が向きがちですが、
この跳ね橋のシリーズには、もっと静かで日常的な形で、彼の発見が刻まれています。
有名な風景というより、生活の中にあるひとつの橋。
その素朴な題材に、これほど豊かな意味を見いだしているところが面白いのです。

故郷オランダを想いながら

「跳ね橋」というモチーフから、多くの人はフランスよりもオランダを連想するかもしれません。
実際、ゴッホにとってもこの橋は、遠く離れた故郷を思い起こさせるものだったのではないかと思います。

アルル周辺には、彼の故郷を思わせる運河や風車、茅葺きの家などが点在していました。
オランダ出身のゴッホにとって、ラングロワ橋は南仏の風景の中にふいに現れた、故郷の記憶のようなものだったのかもしれません。
アルルの光の中で、彼はオランダの風景をどこかで重ねて見ていたのでしょう。

アムステルダムにある跳ね橋。Photo by HASEGAWA, Koichi

ゴッホはアルルでまったく新しい色彩の世界を見つけましたが、その一方で、
彼の内面には常に故郷オランダの記憶がありました。
《アルルの跳ね橋》には、その二つが重なっています。
南仏の強い光の中にありながら、どこか懐かしさを含んだ作品に見えるのは、そのためかもしれません。

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