ルーヴル界隈を歩く|アール・ヌーヴォーとネオ・バロックが重なるパリの街角

パリの街角を歩いていると、ひとつの風景の中に、いくつもの時代が重なっていることに気づく。

古典主義、バロック、第二帝政期の華やかな建築、そして19世紀末から20世紀初頭にかけて現れたアール・ヌーヴォー。
それぞれの様式は、本来であれば異なる時代の美意識から生まれたものだ。
けれどもパリでは、それらがひとつの街並みの中で不思議な調和を見せている。

今回歩くのは、ルーヴル美術館の周辺である。
世界的な美術館として知られるルーヴルだが、その周辺を少し歩くだけでも、パリという都市がどのように歴史を積み重ねてきたのかが見えてくる。

地下鉄の入口に残るアール・ヌーヴォーの曲線。
リヴォリ通り沿いに広がるルーヴルの壮麗なファサード。
第二帝政期の華やかなホテル建築。
それらは、単なる街の背景ではない。
パリの美術史、建築史、都市史が、街角にそのまま立ち上がっているのである。

パリの街角で見かけるメトロの入口
パリの街角で見かけるメトロの入口。Photo by HASEGAWA, Koichi

ルーヴル界隈で出会うアール・ヌーヴォー

パリの街を歩いていて、ふと目に留まるもののひとつが、地下鉄メトロの入口である。
中でも、植物の茎や蔓を思わせるような曲線を持つ入口は、パリのアール・ヌーヴォーを象徴する存在としてよく知られている。

アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスやベルギーを中心に広がった芸術運動である。
フランス語で「新しい芸術」を意味するその名の通り、アール・ヌーヴォーは、過去の様式をただ反復するのではなく、新しい時代にふさわしい表現を求めた。

その大きな特徴は、曲線である。
植物の葉、花、茎、蔓、昆虫の翅、女性の髪の流れ。
自然界に見られる有機的な形が、建築、家具、ポスター、ガラス工芸、鉄細工など、さまざまな領域へ広がっていった。

パリのメトロ入口を手がけた人物として知られるのが、建築家・デザイナーのエクトール・ギマールである。
彼のデザインは、鉄という近代的な素材を使いながら、自然の植物のような柔らかな形を生み出している。

パリの地下鉄入口 METROPOLITAIN
パリの地下鉄入口「METROPOLITAIN」。Photo by HASEGAWA, Koichi

この「METROPOLITAIN」の文字を掲げた入口は、単なる交通インフラの装飾ではない。
近代都市パリが、新しい時代の美意識を公共空間の中へ取り込んだ痕跡である。

地下鉄は、近代都市の速度や移動を象徴する存在だった。
その入口を、ギマールは機械的で硬い表情ではなく、有機的でしなやかな形にした。
そこにアール・ヌーヴォーの面白さがある。
近代の素材と技術を使いながら、自然の生命感を都市の中に持ち込もうとしたのである。

古典から離れようとした「新しい芸術」

アール・ヌーヴォーの背景には、古典的な様式やアカデミズムへの反発があった。

19世紀のヨーロッパでは、ギリシア・ローマ、ルネサンス、バロックといった過去の様式を参照する建築や装飾が広く用いられていた。
柱、ペディメント、左右対称の構成、歴史的な装飾語彙。
それらは、権威や伝統を示すための重要な言語だった。

それに対してアール・ヌーヴォーは、より自由で流動的な形を求めた。
硬い直線よりも、しなやかな曲線。
歴史的な引用よりも、自然から生まれる形。
過去の様式をそのまま繰り返すのではなく、新しい時代の生活にふさわしい芸術を作ろうとした。

ただし、パリの街を歩いていると面白いことに気づく。
アール・ヌーヴォーは、古典的な建築を完全に否定して都市から切り離されたわけではない。
むしろ、ルーヴル周辺のような歴史的建築の密集する場所で、その曲線的なデザインが古い街並みの中に溶け込んでいる。

反発から生まれた新しい芸術が、結果として古い建築と共存している。
そこに、パリの都市景観の奥行きがある。

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