夜の大阪を歩く|中之島公会堂と宮本輝『泥の河』の記憶

夜の中之島公会堂

夜の大阪を歩く

大阪の夜は、道頓堀の明るさだけではない。土佐堀川の黒い水面にも、もうひとつの大阪が映っている。これが今回のテーマである。

ご存知のとおり、大阪という街には、いくつもの顔がある。
道頓堀の賑わい、心斎橋の明るさ、梅田の大きな都市の動き。お笑いや食い倒れのイメージも強いし、ユニバーサルスタジオなどの娯楽施設も豊富だ。

けれど、少し場所を変えると、静かに歩きたくなる大阪もある。

北浜から中之島、そして土佐堀川のあたり。
夜になると、この界隈には落ち着いた空気が流れる。
川面に灯りが揺れ、古い建築がライトアップされ、昼間とは違う大阪の表情が見えてくる。

僕は大阪へ行くと、大好きな宮本輝の小説を思い出す。
宮本輝は多作な作家で、ヨーロッパや北陸、瀬戸内を舞台にした作品も多い。
けれど、やはり関西を舞台にした小説の印象が強い。

特に『泥の河』は、彼の文学の入口として忘れがたい作品である。
大阪の川辺に生きる人々を描いた、短くも深い小説。
その舞台の気配を思い出しながら、夜の大阪を歩いてみた。

北浜の夜

大阪の繁華街といえば、心斎橋や道頓堀を思い浮かべる人が多いだろう。
けれど、ゆっくり夜を歩くなら、北浜から中之島のあたりがいい。

賑やかすぎず、暗すぎない。
川が近く、建築があり、道にほどよい静けさがある。
仕事帰りの人が通り過ぎ、店の灯りが残り、夜の街が少しずつ落ち着いていく。

その夜は、妻と二人で大阪の街を歩いていた。
妻もまた宮本輝の小説が好きで、『泥の河』をはじめとする川三部作を読んでいる。

せっかく大阪へ来たのだから、お好み焼きとビールで夕食にしよう。
そう思って北浜の界隈を歩いていると、よさそうなお店が見つかった。

大阪で食べたお好み焼きと焼きそば
大阪といえばお好み焼きと焼きそば。Photo by HASEGAWA, Koichi

熱々の鉄板に、お好み焼きと焼きそばが置かれる。
ソースの香りが立ち上り、ビールが進む。
気さくな店員さんとの会話も楽しく、大阪へ来たことを実感する夜だった。

大阪の食事には、人との距離を少し縮める力がある気がする。
気取らず、あたたかく、こちらの心も少しほどけていく。

食事を終えて外へ出ると、夜の空気が気持ちよかった。
そのまま宿へ戻るには少し惜しい。
僕たちは、中之島の方へ歩いてみることにした。

夜の中之島公会堂

道の先に目をやると、大阪市中央公会堂がライトアップされていた。

中之島公会堂は、大正時代に建てられた大阪を代表する近代建築である。
赤煉瓦と白い石の組み合わせが美しく、夜の光の中で、昼間よりもいっそう印象的に見えた。

夜の大阪市中央公会堂
夜の中之島公会堂。Photo by HASEGAWA, Koichi

大正時代には、日本各地で西洋風の建築が建てられた。
中之島公会堂にも、そうした時代の空気がある。
ネオ・ルネサンス様式を基調としながら、どこか華やかで、和洋折衷の近代日本らしさも感じられる。

夜の建築は、昼間とは別の顔を見せる。
細部は闇に沈み、輪郭と光だけが際立つ。
人通りも少し落ち着き、建物そのものが静かに浮かび上がる。

このあたりを歩いていると、大阪が単なる商業都市ではないことがよくわかる。
水の都としての歴史、近代建築の記憶、川辺に広がる夜の静けさ。
そうした層が、街の中に残っている。

中之島公会堂を眺めたあと、僕たちは土佐堀川の方へ歩いた。

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