はじめに
ヨーロッパの街の夜は格別な美しさがあります。夜霧に包まれた神秘的なヴェネツィア、夏の夜のセーヌ川のほとりで感じるロマンチックなパリ、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだようなプラハ…。挙げていくときりがありませんが、フィレンツェの夜もまた、その魅力で心をとらえて離しません。
今回は「夜の散歩シリーズ」として、フィレンツェの夜へとご案内します。ルネサンスの息吹が残る街を、夜の静寂の中で歩く特別な紀行へ──
※「夜の散歩シリーズ:ヴェネツィア編」↓
今回の散歩コース:サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂→シニョリーア広場→ヴェッキオ橋
フィレンツェは、その街全体がまるで巨大な美術館のようだと称される場所です。もしフィレンツェを訪れるなら、ぜひ街中に宿をとり、夕食後にそっと街へ繰り出してみてください。
夜のフィレンツェは、昼間とはまた異なる顔を見せます。静寂に包まれたルネサンスの街並みは、重厚な歴史の息吹を宿し、どこか神秘的な美しさを湛えています。夜霧に包まれた街角は、まるで時を超え、ルネサンスの世界へとあなたを誘っているかのようです。
夜のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂周辺
夜の静寂に包まれるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。その堂々たる姿が、ルネサンス建築の美と威厳を余すことなく伝えています。
この大聖堂は、1296年に着工され、1436年に完成したフィレンツェを象徴する建築物です。フィリッポ・ブルネレスキが手がけたクーポラは、まるでトスカーナの夜空に浮かび上がるように輝き、訪れる者を中世からルネサンスへの時代へと誘います。
夜の闇にそびえ立つサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。その優雅で圧倒的な姿が、静寂に包まれた広場にひっそりと浮かび上がり、まるで夜の闇から迫りくるかのような迫力で訪れる者の心を奪います。
ドゥオーモ前広場にもやわらかな光が灯り、昼間の喧騒が嘘のように幻想的な雰囲気が漂います。静かに聖堂の外観を見つめていると、遠い時代に生きたルネサンスの芸術家や職人たちが、この美のために込めた情熱が、今もなお息づいているかのようです。
ギベルティ『サン・ジョヴァンニ洗礼堂 東側の扉』
ギベルティの名作「天国への門」とも呼ばれるこの扉は、フィレンツェに数ある芸術品の中でもひときわ美しいもののひとつで、私も特に愛してやまない作品です。オリジナルは美術館に収められていますが、やはり元の場所で見るレプリカは、当時の空気感を感じさせてくれるものです。
夜になると訪れる人も減り、この扉を独り占めするように眺めることができます。ミケランジェロが称賛したこの「天国への門」を前に、時を忘れてしまう至福のひとときが広がります。
夜のシニョリーア広場
かつて、ミケランジェロのダヴィデ像がこの広場に立ち、フィレンツェの象徴として時を見守っていました。現在、ダヴィデ像はアカデミア美術館に収められていますが、広場にあったのは19世紀後半までのことです。
このシニョリーア広場は、かつてフィレンツェ共和国の中心として多くの歴史的な出来事の舞台となりました。広場に立つと、ダヴィデもまた、幾多の歴史の瞬間を見守り続けたであろう時代の重みが感じられます。
広場には、ダヴィデ像のレプリカが今も堂々と立ち、訪れる人々を迎えています。シニョリーア広場には他にも多くの彫刻が配置されており、それぞれが歴史と芸術を語りかけるように佇んでいます。夜の闇に浮かぶ彫刻群は、昼間とはまた異なる神秘的な雰囲気をまとい、その場にいるだけで心が満たされるような最高のひとときです。
夜のシニョリーア広場に足を踏み入れると、ヴェッキオ宮殿やウフィツィ美術館が静寂の中にひっそりと佇んでいます。昼間の賑わいが嘘のように消え去り、広場全体が穏やかな静けさに包まれ、夜ならではの特別な雰囲気が漂っています。
夜のヴェッキオ橋を歩く
街中を抜けて、ヴェッキオ橋(ポンテ・ヴェッキオ)へと向かいます。昼間とは異なり、静かな夜の空気の中で、街灯に照らされた橋が幻想的に浮かび上がります。フィレンツェのような歴史を感じさせる古都では、灯りのひとつひとつが特別な演出を施し、旅情が一層深まる瞬間を楽しむことができます。
アルノ川にかかるヴェッキオ橋は、フィレンツェ最古の橋で、宝石店が橋の上に連ねていることでも有名です。
橋の上にあるお店も、夜は店を閉めています。日中とは違う静かなヴェッキオ橋を散歩するのもなかなかいいですよ。
橋の二階部分は、ヴァザーリの回廊と呼ばれます。ピッティ宮殿からヴェッキオ宮殿、ウフィツィ美術館まで繋がっている長い廊下なんですよ。
ダン・ブラウンの『インフェルノ』をお読みになった方や、同映画をご覧になった方は、この場所が登場したのに気が付くかもしれませんね。
設計者のジョルジョ・ヴァザーリ (1511-1574) は、美術史上で重要な人物として知られます。彼の『芸術家列伝』は、ルネサンスとその時代の芸術家を知る上で重要な本です。また、彼はミケランジェロの弟子としても知られます。
彼の設計したヴァザーリの回廊は、約1000点の肖像画コレクションが飾らせています。
もちろん入館は日中で、完全予約制。常にオープンしているとも限らないですが、チャンスがあれば是非。
最近では美術館も夜遅くまで開館しているところも増えてきました。ルネサンス香るヴァザーリの回廊も、夜の開館など検討してくれると嬉しいですね。
それにしても、ルネサンス香るこの街の歴史をじっくりと感じるには、夜が一番いい。歴史の重みと数々の芸術品とゆっくり向き合えます。
Photo and Writing by Hasegawa, Koichi and Shino
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