テート・モダンを歩く|発電所から生まれたロンドン現代美術の殿堂

テートモダン(ロンドン)

ロンドンのテムズ川沿いを歩いていると、巨大な煙突を持つ建物が視界に入ってくる。

それは、普通の美術館とは少し違う姿をしている。
宮殿のような外観でも、古典的な美術館建築でもない。
どこか無骨で、重く、工業的で、しかし不思議な存在感を放っている。

その建物が、テート・モダンである。

いまでは世界有数の現代美術館として知られるテート・モダンだが、もともとは美術館として建てられたものではない。
この建物は、かつてロンドンに電力を供給していたバンクサイド発電所だった。

発電所が、美術館になる。
この転換そのものが、すでに現代美術的である。
産業のための巨大な空間が、芸術を受け止める場所へと変わった。
テート・モダンを歩くことは、作品を見るだけでなく、ロンドンという都市がどのように過去を使い直し、新しい文化の場を作ってきたのかを感じることでもある。

テート・モダンの外観
テート・モダンの外観。Photo by HASEGAWA, Koichi

バンクサイド発電所から美術館へ

テート・モダンの建物は、もともとバンクサイド発電所として使われていた。
設計を手がけたのは、イギリスの建築家ジャイルズ・ギルバート・スコットである。
彼は、赤い電話ボックスのデザインでも知られる人物であり、ロンドンの近代的な景観に深く関わった建築家だった。

発電所としてのバンクサイドは、20世紀のロンドンを支えた産業施設である。
高さのある煙突、重厚な煉瓦の壁、巨大な内部空間。
そこには、芸術作品を飾るための繊細な装飾はない。
むしろ、電力を生み出すための機能と規模が、そのまま建築の表情になっている。

しかし、この巨大な空間こそが、のちに現代美術館として大きな可能性を持つことになる。
現代美術には、絵画や彫刻だけでなく、インスタレーション、映像、パフォーマンス、巨大な空間を必要とする作品がある。
従来の美術館の白い展示室だけでは受け止めきれない表現が、20世紀後半以降に広がっていった。

そこで、使われなくなった発電所が、美術館へと転用される。
これは単なる再利用ではない。
都市の中に残された産業の記憶を消さずに、そこへ新しい文化の役割を与える試みだった。

テート・モダンの面白さは、まさにここにある。
美術館でありながら、発電所だった記憶を隠していない。
むしろ、その記憶を建築の魅力として生かしている。

サウスバンクという場所

テート・モダンが建つのは、ロンドンのサウスバンクである。
テムズ川の南岸に位置するこのエリアは、いまでは文化施設や劇場、散歩道が集まる場所として知られている。

けれども、かつてのサウスバンクは、倉庫や工業施設が並ぶ場所でもあった。
テムズ川沿いの産業的な風景が、時代の変化とともに文化的な都市空間へと変わっていったのである。

テート・モダンは、その変化を象徴する建築である。
ロンドンという都市は、古いものをただ壊して新しくするだけではない。
古い建物の記憶を残しながら、新しい使い方を与えることがある。

その意味で、テート・モダンは美術館であると同時に、都市再生の物語でもある。

テムズ川を挟んだ対岸には、セント・ポール大聖堂が見える。
17世紀のロンドンを代表する聖堂と、20世紀の発電所を転用した現代美術館。
その二つが、川を隔てて向かい合っている。

テート・モダンから望むセント・ポール大聖堂
テート・モダンより対岸のセント・ポール大聖堂を臨む。Photo by HASEGAWA, Koichi

この眺めは、とてもロンドンらしい。
過去と現在、宗教建築と現代美術、石造の聖堂と産業建築。
それらが、テムズ川の風景の中でひとつにつながっている。

タービンホールという巨大な空間

テート・モダンの内部に入ると、まず印象に残るのがタービンホールである。

発電所時代にタービンが置かれていたこの空間は、通常の美術館展示室とはまったく違うスケールを持っている。
長く、広く、高い。
人間の身体が小さく感じられるほどの大きな空間である。

このタービンホールこそ、テート・モダンを特別な美術館にしている大きな要素だと思う。
現代美術は、ときに作品と鑑賞者の関係を大きく変える。
作品を壁に掛けて見るだけではなく、作品の中に入る、空間を歩く、身体全体で感じる。
そうした鑑賞体験には、大きな空間が必要になる。

テート・モダンは、発電所だったからこそ、そのような空間を持つことができた。
産業のための巨大空間が、現代美術のための実験的な空間へと変わったのである。

ここでは、巨大なインスタレーションや、観客を巻き込む作品、空間全体を使うプロジェクトが展開されてきた。
そのたびに、タービンホールはただの建築空間ではなく、作品そのものの一部になっていく。

オラファー・エリアソン《ウェザー・プロジェクト》

テート・モダンのタービンホールを語るうえで、よく知られている作品のひとつが、オラファー・エリアソンの《ウェザー・プロジェクト》である。

2003年に発表されたこのインスタレーションでは、巨大な人工の太陽のような光がタービンホールに現れた。
霧のような空気、鏡の効果、オレンジ色の光。
鑑賞者は作品を眺めるだけでなく、その空間の中に入り、自分の身体ごと作品を経験した。

この作品が象徴的なのは、現代美術が「もの」としての作品だけではなく、「体験」として成立することを強く示しているからである。

絵画なら、私たちは画面の前に立つ。
彫刻なら、その周囲を歩く。
しかし、エリアソンのようなインスタレーションでは、鑑賞者は空間の中に入り、光や霧や反射に包まれる。
作品と鑑賞者の境界が、少し曖昧になる。

このような作品を受け止めるには、タービンホールのような空間が必要だった。
テート・モダンという建築があったからこそ、生まれた体験でもある。

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