旅する美術史:ゴッホ《カラスの群れ飛ぶ麦畑》を訪ねて 絶筆伝説とオーヴェルの麦畑

ゴッホが筆を持った麦畑へ行ってみる

この作品の舞台とされる麦畑へ、僕も実際に行ってみました。

場所は、ゴッホが最後に暮らした下宿ラヴー亭から歩いて10分から15分ほど。
オーヴェルの村の中心からそう遠くありません。
パリから日帰りでも十分に訪ねることができる距離に、
ゴッホ最晩年の制作と深く結びついた風景が残っているのは、やはり特別なことだと思います。

彼が描いたであろう場所にはプレートが掲げられている。
ゴッホの視線で麦畑を眺めてみる。Photo by HASEGAWA, Koichi

実際に立ってみると、風景は驚くほど静かです。
あの絵のような不安に満ちた劇場的な空気が、最初からそこに漂っているわけではありません。
むしろ、晴れた日は散歩に心地よい、開けた田園の景色です。

けれど、だからこそ考えさせられます。
ゴッホはこの現実の風景を見ながら、どのような感情をその上に重ねていったのか。
波打つ麦畑、空を横切る鳥、遠くまで続く道。
そうした要素を、彼は単に見たものとしてではなく、自分の内面と響き合うものとして画面に移し替えたのではないでしょうか。

また、この麦畑の近くで、ゴッホが後に自殺を図ったと伝えられてきました。
ただし、実際の場所については異説もあり、完全には確定していません。
それでも、この一帯が彼の最後の散歩の舞台のひとつであった可能性は高く、
そう思って立つと、風景の見え方はやはり変わってきます。

彼はここから歩いて下宿へ戻りました。
そのことを思うと、この場所は、単に一枚の名画の舞台であるだけでなく、
ゴッホが最後に自分の意思で向かった場所のひとつとしても強く心に残ります。

作品と実際の風景を照らし合わせてみると、
ゴッホが見ていたのは現実の麦畑そのものというより、
それを通して現れてくる自分の感情だったのではないか、という気がしてきます。
だから《カラスの群れ飛ぶ麦畑》は、風景画でありながら心象画でもある。
その両義性が、この作品を特別なものにしているのです。

Photo and Writing by HASEGAWA, Koichi

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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