旅する美術史:ミラノ大聖堂の135本の尖塔に圧倒される

ミラノ大聖堂の135本の尖塔に圧倒される

ミラノの中心に立つと、視線は自然と大聖堂へ吸い寄せられる。

ミラノ大聖堂、あるいはミラノのドゥオーモ。ドゥオーモ広場に面してそびえるこの大聖堂は、イタリア・ゴシック建築を代表する巨大な建築である。

最初に見たとき、僕が圧倒されたのは、その大きさだけではなかった。

白い大理石の壁面から、無数の尖塔が空へ伸びている。建物全体が、地上に置かれた石の塊というより、天へ向かって少しずつほどけていく巨大な彫刻のように見えた。

ミラノ大聖堂の尖塔
ミラノ大聖堂の尖塔。Photo by HASEGAWA, Koichi

500年以上をかけて築かれた大聖堂

ミラノ大聖堂の建設は、14世紀末に始まった。

1386年頃に工事が始まり、翌1387年にはミラノ領主ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの発意によって、建設を担う組織が設立される。

その後、大聖堂は何世紀にもわたり、建設、装飾、修復を重ねていった。

ゴシック建築というと、フランスの大聖堂を思い浮かべる人も多いかもしれない。シャルトル、ランス、アミアン。あの垂直に伸びる構造、尖塔、ステンドグラス、天へ向かう祈りの感覚。

ミラノ大聖堂にも、そうしたゴシックの精神がある。

けれど、実際に目の前に立つと、フランス・ゴシックとはまた違う印象を受ける。建築というより、建物全体が大理石の装飾で覆われた巨大な彫刻のようなのだ。

白く、細かく、複雑で、どこまでも華やかである。

135本の尖塔と、空へ向かう聖人たち

ミラノ大聖堂でとくに印象的なのは、なんといっても135本の尖塔である。

広場から見上げると、尖塔が空に向かって無数に伸びている。その一本一本の上には、聖人や殉教者、戦士たちの像が置かれている。

地上から見上げるだけでは、その細部まではよく見えない。けれど、そこに人の像が立っていると知ると、大聖堂の印象が少し変わる。

これは、ただ垂直に高く伸びる建築ではない。

聖人たちが空へ向かって並び立ち、都市と人々を見守っている建築なのだ。

一番高い主尖塔の上には、黄金の聖母像マドンニーナが立っている。ミラノ大聖堂の象徴であり、同時にミラノという都市そのものを象徴する存在でもある。

大聖堂は、石と大理石でできた建物でありながら、そこには都市の祈り、記憶、誇りが重ねられている。

屋上に登ると、建築の見え方が変わる

ミラノ大聖堂は、屋上に登ることができる。

これはぜひ体験したい。

広場から見上げる大聖堂も圧巻だが、屋上に登ると、建築との距離が一気に変わる。下からは遠い模様にしか見えなかった尖塔が、目の前に現れる。聖人像の姿も、装飾の細部も、突然近くなる。

建築を見るというより、建築の中を歩く感覚に近い。

ゴシック建築は、しばしば「天へ向かう建築」と言われる。ミラノ大聖堂の屋上に立つと、その意味が少しわかる。

尖塔はただ高く伸びているのではない。祈りが形になり、石が空へ向かっている。

そして、その石の森の向こうには、ミラノの街並みが広がっている。

大聖堂は、都市の中心にある記憶である

ヨーロッパの都市を歩いていると、大聖堂が単なる観光名所ではないことに気づく。

それは街の中心であり、時間の中心でもある。

ミラノ大聖堂もそうだ。

広場には人が集まり、観光客が写真を撮り、地元の人々が行き交う。その背後に、何世紀もの時間を抱えた大聖堂が立っている。

建築は動かない。けれど、その前を通る人々は変わっていく。

王侯、職人、信徒、旅人、現代の観光客。時代ごとに違う人々がこの大聖堂を見上げてきた。

ミラノ大聖堂の135本の尖塔は、その長い時間の層を空へ向かって示しているように見える。

旅先で建築を見る面白さは、そこにある。

建物は、ただ美しいだけではない。そこには、人々が何を信じ、何を残そうとしたのかが刻まれている。

ミラノ大聖堂の前に立つと、ゴシック建築の迫力だけでなく、都市そのものの記憶に触れているような感覚になる。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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