ヴェネツィアには、街そのものがひとつの舞台のように感じられる瞬間がある。
運河を渡る光、石畳に響く足音、サン・マルコ広場に広がる空。そして、その広場に面して、300年以上の時間を刻んできたカフェがある。
カフェ・フローリアンである。
フローリアンは、ただ古いカフェというだけではない。ヴェネツィアの社交文化を支え、多くの芸術家や作家たちを迎え、さらに現代美術の祭典であるヴェネツィア・ビエンナーレとも深く結びついてきた場所である。
一杯のコーヒーを飲む場所でありながら、そこにはヨーロッパのカフェ文化、ヴェネツィアの歴史、そしてアートの記憶が折り重なっている。
この記事では、サン・マルコ広場のカフェ・フローリアンを、旅と美術史の視点から訪ねてみたい。
サン・マルコ広場に佇む、ヴェネツィアの老舗カフェ
カフェ・フローリアンが創業したのは、1720年12月29日とされる。
場所は、ヴェネツィアの中心ともいえるサン・マルコ広場。現在も創業当初と同じ広場に面し、訪れる人々を迎え続けている。
サン・マルコ広場は、ヴェネツィアという都市の象徴的な空間である。サン・マルコ大聖堂、ドゥカーレ宮殿、鐘楼、そして広場を取り囲む建築群。そこに身を置くだけで、この街がかつて地中海世界の交易と文化の中心であったことが感じられる。
その広場に面して開かれたカフェ・フローリアンは、ヴェネツィアの歴史を眺め続けてきた。
観光客が行き交う現在の姿だけを見ると、華やかな名所のひとつに見えるかもしれない。けれど、長い時間のなかでこのカフェは、旅人、作家、芸術家、政治家、知識人たちが集う社交の場でもあった。

カフェ・フローリアンとカフェ文化
ヨーロッパのカフェは、単にコーヒーを飲む場所ではなかった。
そこは人が集まり、会話を交わし、新聞を読み、政治や文学や芸術について語る場所だった。カフェは、都市の中に生まれた小さな公共空間でもあった。
カフェ・フローリアンも、そのような文化の中に位置づけられる。
ヴェネツィアには、フローリアン以前にもコーヒーを提供する店はあった。しかし、サン・マルコ広場という特別な場所で、洗練された社交の空間として長く人々を迎えてきた点に、フローリアンの特別さがある。
このカフェに座るということは、単に飲み物を注文することではない。
サン・マルコ広場の光を眺めながら、ヴェネツィアの時間の中に少し身を置くことでもある。

ヨーロッパのカフェは、芸術家たちの社交場だった
カフェ文化を考えるとき、ヴェネツィアだけでなく、パリやウィーン、バルセロナのカフェも思い浮かぶ。
19世紀のパリでは、カフェが芸術家や文筆家たちの集まる場所となった。
たとえば、カフェ・ゲルボワには、エドゥアール・マネを中心に、ドガ、ナダール、ゾラ、若きモネやルノワール、セザンヌらが集った。彼らの会話や議論は、後に印象派へとつながる美術史の動きとも関わっていく。
20世紀初頭のモンパルナスでは、ラ・ロトンドのようなカフェに、ピカソやモディリアーニをはじめとする芸術家たちが出入りした。カフェは、制作の合間に立ち寄る場所であると同時に、新しい表現をめぐる空気が生まれる場所でもあった。
ヴェネツィアのフローリアンもまた、そうしたヨーロッパのカフェ文化の大きな流れの中にある。
ゲーテ、ワーグナー、ディケンズ、プルースト、ニーチェ、チャップリン、モネ、アンディ・ウォーホルなど、多くの著名人がこのカフェを訪れたと伝えられている。
名前を並べるだけでも華やかだが、大切なのは、フローリアンが単なる名士の訪問先ではなく、文化の交差点として存在してきたということだ。




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