ガウディとモンセラットの接点
ガウディとモンセラットには、実際の接点もある。
若き日のガウディは、モンセラットに関わる仕事に携わったとされる。
このことは、後のサグラダ・ファミリアを考えるうえでも興味深い。
ガウディが学生時代、あるいは若い建築家として、この山と聖地の空気に触れていたと考えると、モンセラットは単なる外部の風景ではなく、彼の感覚の中に深く入り込んだ場所だったのかもしれない。
岩山を見上げる。
修道院へ入る。
黒い聖母子像へ向かう人々を見る。
自然の中に聖地があり、聖地の中に建築がある。
この構造そのものが、ガウディの後年の建築思想と響き合っているように見える。
サグラダ・ファミリアもまた、都市の中に建てられた巨大な聖地であり、自然の構造を取り込みながら、信仰の空間をつくり出そうとする建築だからである。
モデルニスモと自然の造形
ガウディの建築を考えるとき、モデルニスモという言葉も欠かせない。
モデルニスモは、19世紀末から20世紀初頭にかけてカタルーニャで展開した芸術運動である。
ヨーロッパ全体のアール・ヌーヴォーと響き合いながらも、カタルーニャ独自の文化意識や歴史感覚を持っていた。
曲線的な装飾、植物的な形態、職人技への関心、総合芸術としての建築。
そうした特徴は、ガウディの建築にも色濃く現れている。
ただし、ガウディの場合、それは単なる装飾ではない。
自然の形を表面に貼りつけるのではなく、自然の構造そのものを建築に取り入れようとしたところに、彼の特異性がある。
サグラダ・ファミリアの柱、塔、ファサード、内部空間を見ると、そのことがよくわかる。
建築は人工物でありながら、まるで成長する生命体のように見える。

ガウディが手がけた「生誕のファサード」には、キリストの誕生から幼年期にかけての物語が、豊かな彫刻によって表されている。
そこには、人間、動物、植物、天使、聖書の物語が絡み合っている。
自然と信仰が分かれていない。
むしろ、自然全体が神の創造の証しとして組み込まれている。
この発想を考えるとき、モンセラットの山はとても示唆的である。
モンセラットでは、自然そのものが信仰の風景になっている。
サグラダ・ファミリアでは、その自然の構造が都市の中の聖堂として再構成されている。







コメントを残す