夜の散歩シリーズ:フィレンツェ、ルネサンスの夜を歩く

沢山の歴史の舞台となったヴェッキオ宮殿

夜のシニョリーア広場

次に向かったのは、シニョリーア広場。
ここはかつてフィレンツェ共和国の中心であり、多くの歴史的出来事の舞台となった場所である。
広場に立つと、ただ美しいだけではない、政治と歴史の重みが空間の中に沈んでいるのを感じる。

かつてこの広場には、ミケランジェロの《ダヴィデ》が立っていた。
現在その像はアカデミア美術館に移され、広場にあるのはレプリカだが、それでもここがこの街の象徴的な場所であることに変わりはない。

夜のシニョリーア広場。彫刻が静かに浮かび上がる。

夜の広場には、昼間とは違う静けさがあった。
彫刻群は灯りの中でゆっくりと浮かび上がり、その姿は昼よりもむしろ神秘的に見える。
広場に立っているだけで、フィレンツェがどれほど芸術と政治を深く結びつけてきた街かが伝わってくる。

数々の歴史の舞台となったヴェッキオ宮殿。

ヴェッキオ宮殿も、夜の広場の中でひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放っていた。
昼間の人波が消えたあと、この建築の持つ重みはいっそう深く感じられる。
ウフィツィ美術館へ続く空間もまた静まり返り、フィレンツェの夜は、街全体をゆっくりと一つの舞台に変えていくようだった。

夜のヴェッキオ橋を歩く

街の中心を抜けて、ヴェッキオ橋へ向かう。
昼間とは異なり、夜の橋のまわりには落ち着いた空気が流れていた。
街灯に照らされた橋は静かにアルノ川の上へ浮かび、ルネサンスの都の夜を象徴するような風景をつくっている。

夜のヴェッキオ橋へ向かう。

ヴェッキオ橋はフィレンツェ最古の橋であり、橋の上に宝石店が並ぶことでもよく知られている。
夜になると店々は扉を閉じ、昼の華やかさは消える。
そのかわり、橋そのものの古さと構造の美しさが、静かな光の中で際立ってくる。

夜の橋の上を歩く。

橋の上部には、ヴァザーリの回廊が通っている。
ピッティ宮殿からヴェッキオ宮殿、そしてウフィツィ美術館を結ぶこの長い回廊は、ジョルジョ・ヴァザーリの設計によるもので、フィレンツェの権力と芸術の関係をよく物語っている。

ヴァザーリは美術史にとっても重要な人物だ。
彼の『芸術家列伝』は、ルネサンスの芸術家たちを知るうえで欠かせない書物であり、今日の美術史の出発点のひとつとも言える。
そう考えると、この橋の上を歩きながら、建築だけでなく、芸術を語る言葉の歴史までも同時に感じているような気持ちになる。

いつかヴァザーリの回廊にも入ってみたい。

フィレンツェの歴史をじっくり感じるなら、夜がいちばんいいのかもしれない。
灯りは控えめで、街は静かで、建築や広場や彫刻が、それぞれ本来の重みを取り戻していく。
昼のフィレンツェが「見るべき街」だとすれば、夜のフィレンツェは「感じる街」だ。

ルネサンスの記憶が今も街の中に生きていることを、夜の散歩はあらためて教えてくれる。
また別の街でも、こんなふうに夜の光景を歩いてみたい。

Photo and Writing by Hasegawa, Koichi

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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