旅する美術史:ストラスブール大聖堂を歩く ロマネスクとゴシックが交わる中世建築の傑作

ロマネスクとゴシックが同居する建築

ストラスブール大聖堂のもっとも興味深い点は、単純に「ゴシックの傑作」として片づけられないところにあります。
この建築には、建設初期のロマネスク様式と、その後本格化したゴシック様式が同居しているのです。

ロマネスク建築は、半円アーチ、厚い壁、比較的低く重い印象の空間を特徴とします。
それに対してゴシック建築は、尖頭アーチ、高い天井、そして光を大きく取り込む構造によって、より垂直的で軽やかな印象を生み出します。

ストラスブール大聖堂は、まさにその二つの様式の変遷を一つの建築の中に抱え込んでいます。
建設が始まったときにはロマネスクの時代でしたが、建築が進むうちに、ヨーロッパではすでにゴシックの時代が始まっていた。
その結果、この大聖堂は時代の変化をそのまま建築の内部に刻み込んだ存在になったのです。

だから、この聖堂を見るときには、単に「美しい」で終わらず、
どこに重厚なロマネスクの感覚が残り、どこでゴシックの軽やかさが前面に出ているかを探してみるのが面白い。
建築そのものが、何世代にもわたる時間の積み重ねとして見えてきます。

なぜ中世建築はこれほど長い時間をかけて作られたのか

現代の感覚からすると、ひとつの建築に数百年かかるというのは驚くべきことです。
けれど、中世ヨーロッパでは、大聖堂の建設が何世代にもわたって続くことは珍しくありませんでした。
資金、技術、政治、宗教、そして地域社会の意思。
そうした複数の要素が絡み合いながら、長い時間をかけてひとつの建築が形になっていったのです。

ストラスブール大聖堂もまた、そうした中世建築の典型例でした。
一人の建築家や一つの時代の美意識だけで作られたのではなく、
何世代もの人々の思いと技術が継承されて、ようやく今の姿になった。
そのことを考えると、この建物は単なる観光名所ではなく、時間の層そのもののように感じられます。

中世の人々は、自分が完成を見ることのない建築のために働いていました。
その感覚は、現代の建築とはかなり違います。
自分のためではなく、共同体のために、未来に向けて建築する。
大聖堂は、そうした時間感覚の中で生まれた建築なのだと思います。

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モンサンミッシェルにも複数の建築様式が同居する。 Photo by HASEGAWA, Koichi

フランスには、こうした建築様式の重なりを体感できる場所が他にもあります。
たとえばモンサンミッシェルも、ロマネスク、ゴシック、ノルマン的な要素が同じ建築の中に折り重なる、いわば建築博物館のような場所です。
ストラスブール大聖堂もまた、それに負けないほど豊かな建築史を内包しています。

最後に――石の中に残る数世代の思い

ストラスブール大聖堂を前にすると、まずその大きさと装飾に圧倒されます。
けれど、しばらく眺めていると、それ以上に心に残るのは「時間」の感覚です。
この建物は、一度に作られたのではなく、何世代にもわたって引き継がれながら完成した。
そのこと自体が、この大聖堂のもっとも深い魅力なのかもしれません。

ロマネスクの重みとゴシックの上昇感が、ひとつの建築の中で交わっている。
それは様式の違いという以上に、時代ごとの人々の信仰、技術、理想が交差しているということでもあります。

ストラスブールを訪れる機会があれば、ぜひこの大聖堂を「有名な観光名所」としてだけでなく、
中世ヨーロッパの建築史が石の中に凝縮された場所として見てみてください。
そうすると、尖塔の高さも、彫刻の細密さも、もっと違った意味を帯びて見えてくるはずです。

Photo and Writing by HASEGAWA, Koichi

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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