ピカソが通ったバルセロナのカフェ《四匹の猫》を歩く|モデルニスモと若き芸術家たち

カフェという小さな美術史の舞台

美術史というと、どうしても美術館や作品そのものに目が向きやすい。
けれども、芸術が生まれる場所は、必ずしもアトリエや展示室だけではない。

カフェもまた、芸術の舞台である。
そこでは、作品が展示され、雑誌が読まれ、議論が行われ、若い芸術家が先輩や仲間と出会う。
時には批判され、時には励まされ、時には新しい方向へ踏み出すきっかけを得る。

《四匹の猫》の魅力は、ここにある。
建物そのものが巨大な記念碑というわけではない。
しかし、その場所に集まった人々の会話や熱気が、バルセロナの近代芸術の一部を形作った。

芸術運動は、抽象的な理念だけで進むものではない。
人が出会う場所があり、語る時間があり、作品を見せる壁があり、誰かの野心がある。
《四匹の猫》は、そのような美術史の具体的な現場だった。

ガウディはどこにいるのか

バルセロナの近代芸術を語るとき、多くの人がまず思い浮かべるのはアントニ・ガウディだろう。
サグラダ・ファミリア、カサ・バトリョ、カサ・ミラ。
ガウディの建築は、今やバルセロナの象徴である。

しかし、《四匹の猫》の芸術家サークルを考えるとき、ガウディの姿は意外に前面には出てこない。
この点はとても興味深い。

ガウディもまた、モデルニスモの時代を代表する芸術家である。
けれども、彼の関心は建築、宗教、構造、自然形態、職人的な制作へ強く向かっていた。
一方、《四匹の猫》の周辺には、絵画、ポスター、雑誌、カフェ文化、都市的な社交があった。
同じ時代のバルセロナにいながら、彼らの活動領域や気質には違いがあったのだろう。

ガウディ建築 カサ・ミラ
ガウディ建築の代表作、カサ・ミラ。Photo by HASEGAWA, Koichi

それでも、バルセロナを旅するなら、《四匹の猫》とガウディ建築は切り離さずに見たい。
なぜなら、どちらも19世紀末から20世紀初頭のバルセロナが持っていた創造的なエネルギーから生まれたものだからである。

《四匹の猫》を訪ねたあと、カサ・バトリョやカサ・ミラ、あるいはサグラダ・ファミリアへ向かう。
そうすると、バルセロナの近代芸術が、カフェの壁やポスターだけでなく、都市そのものを舞台にしていたことが見えてくる。

もうひとりのモデルニスモ建築家、ドメネク・イ・ムンタネー

バルセロナのモデルニスモを語るうえで、ガウディと並んで重要なのが、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネーである。

彼の代表作のひとつが、カタルーニャ音楽堂である。
華やかな装飾、光に満ちた内部空間、音楽と建築が結びつく総合芸術的な構成。
この建物もまた、モデルニスモの精神をよく示している。

カタルーニャ音楽堂
カタルーニャ音楽堂。Photo by HASEGAWA, Koichi

《四匹の猫》からカタルーニャ音楽堂までは、旧市街を歩きながら訪れることができる。
カフェ、路地、広場、建築、音楽堂。
それらを一つの流れとして歩くと、モデルニスモが単なる様式名ではなく、都市全体の文化運動だったことが分かる。

旅先で美術史を感じるとは、こういうことだと思う。
一つの作品だけを見るのではなく、街の中に散らばった場所や建物をつなぎながら、その時代の空気を少しずつ想像していく。

《四匹の猫》を訪ねる旅

現在の《四匹の猫》は、当時の雰囲気を受け継ぐレストランとして営業している。
観光地として整えられている部分はもちろんある。
けれども、店内に入ると、そこがかつて芸術家たちの集まる場所だったという記憶を感じることができる。

バルセロナ旧市街を歩き、ピカソ美術館を訪ね、その後に《四匹の猫》で食事をする。
それは、なかなか魅力的な美術史散歩である。

この場所を訪ねるときに大切なのは、若きピカソがここにいたという事実だけではない。
むしろ、彼がここでどのような空気を吸っていたのかを想像することだ。
カザスやルシニョールのような先輩芸術家。
モデルニスモの熱気。
ヨーロッパのカフェ文化。
都市バルセロナの成長。
それらすべてが、若いピカソの周囲にあった。

巨匠になる前のピカソが、どんな場所で刺激を受けていたのか。
《四匹の猫》は、その問いに近づくための小さな入口である。

バルセロナという芸術の交差点

19世紀末のバルセロナは、非常に熱を帯びた都市だった。
ガウディが建築を作り、カザスが絵画やポスターで都市の感覚を表し、ドメネク・イ・ムンタネーが音楽堂を建て、若きピカソが自分の未来を探していた。

それぞれの芸術家は、同じ方向を向いていたわけではない。
むしろ、関心も表現も違っていた。
しかし、その違いこそが、バルセロナという都市の豊かさだった。

《四匹の猫》は、その中のひとつの小さな点である。
けれども、その点をたどることで、都市の中に広がる芸術のネットワークが見えてくる。

美術史は、作品だけでできているのではない。
人が集まる場所、会話が生まれる場所、若い才能が試される場所、都市の中で文化が発酵する場所。
そうしたものもまた、美術史の一部である。

バルセロナで《四匹の猫》を訪ねることは、若きピカソの足跡をたどることでもあり、モデルニスモの時代の街の熱気に触れることでもある。

一杯のコーヒー、一枚のポスター、ひとつのカフェ。
そこから、20世紀美術へ続く道が見えてくる。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつる文章を書いています。