はじめに
鉄道――それは旅情をかき立て、物語の舞台として魅力的な存在です。列車のリズミカルな走行音や時刻表に刻まれたダイヤの緻密さ、そして車内という閉ざされた空間。これらは、物語を紡ぐための理想的な要素が詰まっています。特にミステリー作品において、鉄道は緊張感とドラマを引き立てる舞台として何度も登場してきました。映画や小説の中で列車がどのように使われているのか、一緒に見ていきましょう。
目次
- 1.ミステリーの女王アガサ・クリスティーは旅行好き
- 1-1: 小説/映画 『オリエント急行殺人事件』(1934)
- 1-2: 小説 『パディントン発4:50分』(1957)
- 2. 駅に旅情を感じる
- 2-1: 小説 宮本輝『オレンジの壺』
- 2-2: 映画『ミッション・インポッシブル』(1996)
- 2-3: 小説/映画 ハリーポッターシリーズ
- 3. 列車内サスペンスの紹介
- 3-1: 映画『カナディアン・エキスプレス』(1990)
- 3-2: 映画 トレイン・ミッション (2018)
- 3-3: 小説 松本清張『点と線』
- 4. 007で登場する列車シーン
- 4-1: 映画007『ロシアより愛をこめて』(1963)
- 4-2: 007『カジノロワイアル』、(2006)『スペクター』(2015)
1.ミステリーの女王アガサ・クリスティーは旅行好き
ミステリーの女王、アガサ・クリスティーと鉄道の物語
最初にご紹介するのは、英国を代表するミステリー作家、アガサ・クリスティー(1890-1976)。彼女は「ミステリーの女王」と称されるにふさわしい存在で、その作品の中にも沢山鉄道を舞台にしているものがあります。
実はクリスティー自身が大の旅行好き。旅の中で得た体験や風景が、物語のリアリティを支える重要な要素となっています。中東を舞台にしたシリーズをはじめ、実際の旅行経験が彼女の作品に息吹を与えています。その中でも特に鉄道を舞台にした小説と映画は、読む者をまるで列車に乗っているかのような冒険へといざなってくれます。
1-1: 小説/映画 『オリエント急行殺人事件』(1934)
クリスティーといえば、まずはこの作品を外せません。名作『オリエント急行殺人事件』(1934年) は、冒頭の舞台がトルコ・イスタンブール。ここで描かれる風景は、彼女自身のイスタンブールへの一人旅の経験が反映されていると言われています。
列車という閉ざされた空間を活用した密室ミステリーは、まさに彼女の真骨頂。オリエント急行の中で起こる殺人事件と、それに挑む名探偵エルキュール・ポワロの鋭い推理が織り成す物語は、読む者をハラハラさせること間違いなしです。
何といっても本作品は、列車内の密室ミステリーの傑作です。
あらすじ
オリエント急行に乗ったポワロの元に、アメリカ人の富豪が「脅迫状を受け取っている」と助けを求めてきます。しかし、列車の中で殺害されてしまう彼。乗客の誰かが犯人なのか?列車という限られた空間での緊迫感と駆け引き、そして驚きの結末が魅力です。
さらに、この作品は何度も映画化されています。名優たちが演じる映画版も、小説とあわせてぜひ楽しんでみてください。
1-2: 小説 『パディントン発4:50分』(1957)
クリスティーが手がけたもうひとつの鉄道ミステリーが『パディントン発4時50分』。ロンドン・パディントン駅を出発するシーンから物語が始まり、列車の躍動感がそのままストーリーに息づいています。日本からロンドンを訪れる多くの人々が利用するこの駅が舞台という点も親しみやすさを感じさせます。
あらすじ
クリスマス前のある日、マギリカディ婦人は友人である探偵ミス・マープルに会うため、列車に乗り込みます。その道中、彼女が目撃したのは、隣の列車内で起きた殺人事件。限られた目撃情報の中で、真実をどのように解き明かしていくのか――最後まで目が離せない展開です。
鉄道の持つ魅力とミステリーの奥深さが交錯するクリスティーの名作たち。ぜひ手に取って、旅するように物語を楽しんでください。
パディントン駅は、ヒースロー行きや、イングランド西部行きの列車が出ているターミナル駅なため、大きな荷物を持った人々が多いです。
ここから色々な旅が始まったり、終わったりします。駅の雰囲気が最高ですよね。
2. 駅に旅情を感じる
旅行の途中、ふと立ち寄る駅で目にする風景や匂い。そこには、旅がもたらす独特の感傷や郷愁が漂い、旅の終わりを惜しむ気持ちを一層深めてくれます。駅という場所は、ただの通過点であるだけでなく、時に物語の舞台としてドラマチックな要素を持つ場所でもあります。
列車が発車を待つホームの風景、遠くに見える列車のシルエット、駅のアナウンスの声――これらすべてが旅情をかき立て、物語の中で重要な役割を果たすことも。次は、そんな駅を舞台にした映画や小説を紹介し、駅がいかに魅力的なドラマの舞台となるかを探っていきます。
2-1: 小説 宮本輝『オレンジの壺』
「とりわけ異国の駅は、人間に過去を思い出させる道具立てが揃っている。シグナル、ジプシー、汽笛、旅人たち……。美しいあやまでが、どこかにいるような錯覚をもたらす。」
—『オレンジの壺(上) (光文社文庫)』宮本 輝著
上は宮本輝の『オレンジの壺』の一文。1920年代にヨーロッパについた主人公の女性の祖父が日記に記した部分ですが、駅の情景がよく伝わってきます。そして、日本にいる想っている女性の錯覚も見えるかのような駅の情景。
外国の駅はどこか情緒がありドラマチック。『オレンジの壺』の物語は、パリを中心にエジプトへも飛びます。謎を解いていく内容と、外国が舞台というのも相まって、旅行の供にもピッタリの小説です。
2-2: 映画『ミッション・インポッシブル』(1996)
トム・クルーズ主演の映画『ミッション・インポッシブル』(1996)では、ロンドン・リバプール・ストリート駅やTGVも登場します。後半のTGVでの車内シーンは、ハラハラドキドキで大好きなシーン。列車内での様々な駆け引きなど、まさにエンターテイメントです。
また、個人的に好きなのが、リバプール・ストリート駅のシーンです。イーサンが公衆電話をかけるシーンが、リバプール・ストリート駅ですね。ミステリアスなシーンでこの駅が効果的に使われているのが印象的。
この駅からは、東部イングランド地方にあるケンブリッジ、ノリッジや、南東部コルチェスターなどへの列車が出ています。
スタンステッド空港へもここから電車が出ているので、もし使用する事があれば、ミッションインポッシブルを思い出してみるのも楽しいですね。
2-3: 映画 ハリーポッターシリーズ
ロンドン・キングスクロス駅――この名前を聞くだけで、ホグワーツ魔法学校行きの特急列車を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。ハリー・ポッターシリーズでは、この駅が魔法の冒険の出発点として何度も登場します。
第1作目では、9と3/4番線から赤い蒸気機関車が旅立つシーンが描かれ、物語の象徴的な場面となりました。そして、シリーズの最終作では、駅が感動的なラストシーンの舞台にもなり、物語の始まりと終わりを繋ぐ重要な存在となっています。
列車に乗り込んだ後のシーンもシリーズ全体で繰り返し描かれ、ホグワーツ特急の車窓から見える風景や車内での出来事が、魔法の世界をさらに魅力的なものにしています。
キングスクロス駅は、単なる現実の駅ではなく、夢と冒険が交錯する物語の舞台。その場所に立てば、誰もが魔法の世界の一員になれるような気持ちになれるでしょう。
3. 列車内サスペンスの紹介
先に紹介したアガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』は鉄道ミステリーの代名詞ともいえる作品ですが、実はそれだけではありません。他にも鉄道を舞台にした名作サスペンスが数多く存在します。
鉄道ミステリーの最大の魅力は、その「密室空間」にあります。限られた空間で、乗客たちが繰り広げる駆け引きや緊張感。そして、犯人を特定するまでのスリリングな展開――これらが読者や観客をぐいぐいと物語の世界に引き込むのです。
ここでは、そんな鉄道サスペンスの中でも特におすすめの作品をいくつかご紹介します。描かれる列車の音やリズム、動き出す車両の情景。新たな名作との出会いが待っています!
3-1: 映画『カナディアン・エキスプレス』(1990)
鉄道サスペンスの傑作として名高い『カナディアン・エキスプレス』(1990)。ロッキー山脈を駆け抜ける寝台列車を舞台に繰り広げられるスリリングな物語は、名優ジーン・ハックマンの熱演とともに、観る者を釘付けにします。
この作品の魅力は、サスペンスだけではありません。深夜の静寂に包まれた山間の駅、壮大なロッキー山脈の自然、そして列車の窓から眺める旅情あふれる風景がドラマを一層引き立てています。物語の緊張感と自然の美しさが絶妙に絡み合い、観客を惹きつける秀作です。
あらすじ
ロサンゼルスのホテルでギャングが引き起こした殺人事件。その現場を目撃した女性が身の危険を感じ、カナダの山荘へ逃げ込みます。検事役のハックマンは、彼女を法廷に立たせるべくカナダへ向かいますが、ギャングの追手が迫り、ついに二人はバンクーバー行きの特急列車へと逃げ込むことに。
しかし、列車内にも危険が潜んでいました。味方と思われた乗客の中にも疑惑の影が漂い、誰を信じて良いのかわからない状況が続きます。列車の狭い空間と追い詰められる展開が、息をのむスリルを生み出します。
映画の緊迫感あふれるシーンと、ロッキー山脈の壮大な風景が融合したこの作品は、サスペンスファンや鉄道好きな方にとって必見です。列車の旅の魅力を存分に味わいながら、極上のスリルをお楽しみください!
3-2: 映画 トレイン・ミッション (2018)
リーアム・ニーソン主演の『トレイン・ミッション』(2018)は、ニューヨーク近郊のハドソン線を舞台にした緊張感あふれるアクション・ミステリー。ニーソンの渋さと迫力が光る本作は、列車を舞台にしたスリル満点の展開で観る者を引き込みます。
あらすじ
通勤列車で日々を過ごす中年男性マイケル(ニーソン)。ある日、いつもの車両で謎めいた女性に声をかけられ、「ある乗客を見つけてほしい」と持ちかけられます。拒否する間もなく、次々と危険な状況に巻き込まれていくマイケル。列車という閉鎖空間での心理戦と、迫りくるタイムリミットが緊迫感を高めます。
映画の魅力は、テンポの良い展開と手に汗握るアクションシーン。ニーソンの冷静かつ熱い演技が、主人公の葛藤と奮闘をリアルに描き出します。さらに、ニューヨーク近郊の風景やハドソン川を望む車窓の映像が、列車旅の臨場感を味わわせてくれるのもポイントです。
通勤列車が舞台とは思えないほどスケールの大きなこの作品。日常の風景を一変させるようなスリリングな物語に引き込まれたい方に、ぜひおすすめです!
列車アクション/ミステリーの秀作。
3-3: 小説 松本清張『点と線』
日本の鉄道を舞台にした推理小説の金字塔、『点と線』(1958)は、松本清張の代表作のひとつです。この作品は、当時の時代背景や日本の鉄道網が色濃く反映されており、列車を舞台に繰り広げられる緻密な推理が特徴です。
あらすじ
『点と線』は、ある男性が列車内で殺害された事件を追う刑事が、事件の真相を解明していく物語です。事件が発生したのは特急列車内。その列車内での謎めいた人物や出来事が、殺人事件へとつながり、徐々に明らかになる犯行の手口と真相。
この作品が名作たる所以は、松本清張が描く精緻な謎解きと、人間ドラマの深さにあります。列車という密室空間の特性を最大限に活かし、サスペンスと推理が緊張感を持って展開する様は圧巻です。
また、1950年代の日本社会や鉄道の文化を感じることができ、当時の時代背景に思いを馳せながら読むのも一つの楽しみです。
この小説は、列車を舞台にしたミステリーとしての魅力が凝縮されており、日本の推理小説の傑作として今なお多くの読者に愛され続けています。
4. 007で登場する列車シーン
007でも効果的に列車が登場します。列車の上でのアクションなどは『スカイフォール』(2012)も凄いですが、ここでは列車内でのシーンにフォーカスします。
4-1: 映画007『ロシアより愛をこめて』From Russia with Love (1963)
まずは『ロシアより愛をこめて』ですね。ショーン・コネリーがボンド役だった頃の傑作。
列車の外観からオリエント急行だと思われますが、ここでもクリスティーの小説同様イスタンブールから発車になります。この車内でのシーンが有名で、映画後半のハイライトです。ボンド映画は、世界各地を旅行気分で観れるのも魅力の一つ。
ここでは列車内の個室や食堂車に注目。個室の仕切りを取ると二人部屋になるのが、面白いですね。食堂車の雰囲気といい、後の豪華列車とは少し違う雰囲気も確かめてみましょう。
4-2: 007『カジノロワイアル』、(2006)『スペクター』(2015)
ダニエル・クレイグ版の007でも、列車がよく登場します。
1作目の『カジノロワイアル』(2006)では、ボンドがモンテネグロに向かう時に特急列車を使います。ここでヴェスパーと会いますね。後の『スペクター』(2015)でも、マドレーヌと共に北アフリカへ向かう際に特急列車が登場します。
どちらの特急列車シーンも食堂車での食事シーンがありますが、まあかっこいいですね。男性はビシッとスーツを着込んで、女性も思いっきりドレスアップして、列車内のレストランで食事なんて最高です。
今回は鉄道を舞台にした作品をご紹介しましたが、実は魅力的な鉄道ミステリーやサスペンスはまだまだたくさんあります。列車という閉鎖空間ならではのスリルや謎解きの面白さは、どの作品でも色褪せることなく楽しませてくれます。次も、もっと多彩な鉄道を舞台にした名作をお届けしますので、どうぞお楽しみに!
Photo and Writing by Hasegawa, Koichi and Shino
コメントを残す