レオナルドとミケランジェロの建築を旅する|ミラノ、シャンボール城、ローマに残る天才たちの構想

レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティ。

この二人の名を並べるだけで、ルネサンスという時代の巨大さが見えてくる。
一方は、自然、機械、人体、都市、飛行、光学にまで関心を広げた万能の探究者。
もう一方は、彫刻、絵画、建築において、人間の身体と精神を圧倒的なスケールで形にした巨人である。

二人を比べるとき、多くの場合は絵画や彫刻が中心になる。
《最後の晩餐》とシスティーナ礼拝堂天井画。
《モナ・リザ》と《ダヴィデ》。
その対比だけでも十分に魅力的である。

けれども今回は、少し視点を変えてみたい。
レオナルドとミケランジェロを、建築と都市の視点から見てみるのである。

ミラノ、シャンボール城、ローマ。
それぞれの都市や建築をたどると、二人の才能の違いがよく見えてくる。
レオナルドは、都市や建築を構想し、未来を見通すようなヴィジョンを描いた。
ミケランジェロは、都市の中に実際の空間を作り、ローマの景観そのものに巨大な痕跡を残した。

一人は、紙の上に広がる構想の天才。
もう一人は、石と空間を動かした実現の天才。
その違いを、旅するように見ていきたい。

ミラノ中心部に立つレオナルド・ダ・ヴィンチ像
ミラノ中心部、スカラ座の向かいに立つレオナルド・ダ・ヴィンチ像。Photo by HASEGAWA, Koichi

レオナルドとミラノ

レオナルド・ダ・ヴィンチにとって、ミラノは非常に重要な都市である。

彼は1482年頃から1499年まで、ミラノのルドヴィーコ・スフォルツァの宮廷で活動した。
フィレンツェで学び、才能を磨いたレオナルドにとって、ミラノは新しい可能性を試す舞台だった。

ミラノでのレオナルドといえば、まず思い浮かぶのは《最後の晩餐》である。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれたこの壁画は、ルネサンス絵画の頂点のひとつであり、レオナルドの名を決定的なものにした。

しかし、ミラノでのレオナルドは、画家としてだけ活動していたわけではない。
宮廷人として、技術者として、舞台装置の考案者として、軍事技術や水利、都市計画に関わる人物としても求められていた。

彼は、絵画の中で人体や空間を探究しただけでなく、都市そのものをどのように構成すべきかにも関心を持っていた。
その意味で、レオナルドにとって建築や都市計画は、絵画とは別の領域ではない。
人間、自然、技術、動線、衛生、構造を総合的に考えるための場だったのである。

ミラノ大聖堂とレオナルドの構想

ミラノの中心にそびえるドゥオーモは、ヨーロッパでも屈指の壮麗な大聖堂である。
1386年に着工され、長い年月をかけて完成へ向かった巨大なゴシック建築であり、ミラノの象徴そのものと言ってよい。

空へ伸びる無数の尖塔、細やかな彫刻装飾、白く輝く大理石の外観。
その姿は、見る者を圧倒する。

ミラノ大聖堂の尖塔
ミラノ大聖堂の尖塔。Photo by HASEGAWA, Koichi

このミラノ大聖堂の建設過程に、レオナルドも関わったことがある。
特に問題となっていたのが、大聖堂の交差部を覆うティブーリオの計画だった。
レオナルドは、その設計案に関わり、模型を制作したことが記録されている。

結果として、レオナルドの案が採用されたわけではない。
しかし重要なのは、彼がこのような大規模建築の構造問題に関心を持ち、実際に検討に参加していたということである。

レオナルドの建築は、完成した建物として多く残っているわけではない。
むしろ、彼の建築的才能は、手稿や構想、模型、都市計画のアイデアの中に現れている。

彼の都市計画に関する構想には、衛生や動線への関心が見られる。
ペストの流行を経験した時代に、都市の水路、道路、上下の動線、清潔さを考えることは、単なる美観の問題ではなかった。
都市をどのように生きやすく、合理的に、健康的に作るか。
レオナルドは、そこにも目を向けていた。

この点が、レオナルドらしい。
彼にとって都市とは、石でできた固定的な風景ではなく、人間と水と空気と動きが関わり合う有機的なシステムだったのだと思う。

シャンボール城と二重らせん階段

レオナルドの建築的発想を旅の中で感じられる場所として、フランスのシャンボール城がある。

シャンボール城は、フランス・ロワール地方を代表する城のひとつである。
その中心部にある二重らせん階段は、しばしばレオナルドとの関係が語られる。

この階段は、二つのらせん階段が絡み合うように設計されており、上る人と下りる人が互いに交わらずに移動できる構造を持っている。
実際にその場に立つと、階段という日常的な建築要素が、まるで知的な仕掛けのように感じられる。

シャンボール城にある二重らせん階段
シャンボール城にある二重らせん階段。Photo by HASEGAWA, Koichi

もちろん、この階段をレオナルド自身が設計したと断定できるわけではない。
しかし、そこに感じられる発想は、非常にレオナルド的である。

人の動きを観察し、構造を工夫し、機能と美しさを同時に成立させる。
階段を単なる上下移動の装置ではなく、空間の中で人間の動きを演出する仕組みに変える。
この「動きへの関心」は、レオナルドの手稿に見られる機械や水流、人体運動への関心とも響き合っている。

レオナルドの建築的魅力は、完成した建物の数では測れない。
むしろ、空間をどう動かすか、人間がどう移動するか、構造がどのように知的な驚きを生むか。
そこに彼の独自性がある。

シャンボール城の階段を歩くと、建築が静止したものではなく、身体の動きとともに経験されるものだということがよく分かる。

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