ギリシャという国を思い浮かべるとき、まず浮かんでくるのは、やはりエーゲ海の青である。
白い壁、強い日差し、乾いた風、海に浮かぶ島々。そして、どこか時間がゆっくり流れているような空気。
今回は、そんなギリシャ・エーゲ海の風景とともに、村上春樹の紀行エッセイ『遠い太鼓』を取り上げたい。
『遠い太鼓』は、村上春樹がヨーロッパ滞在中の日々を綴ったエッセイである。イタリアやギリシャをめぐる生活のなかで出会った人々、街、食べ物、そして何気ない出来事が、村上春樹らしい淡々としたユーモアを交えて描かれている。
旅先での出来事は、必ずしも大事件である必要はない。
むしろ、昼下がりに道端で寝ている犬や猫、港のレストランの空気、島の人々ののんびりした時間のほうが、あとになって不思議なくらい記憶に残ることがある。
『遠い太鼓』を読んでいると、ギリシャの島々を旅するということは、観光名所を効率よくめぐることではなく、その土地の時間の流れに少しだけ身を置くことなのだと思えてくる。
村上春樹『遠い太鼓』に出てくるギリシャの島々
『遠い太鼓』には、ギリシャの島々での滞在が印象深く描かれている。
スペッツェス島、ミコノス島、クレタ島、レスボス島。どの島にも、それぞれ異なる表情がある。
ミコノス島といえば、白い建物と青い海が織りなす、いかにもエーゲ海らしい風景で知られている。日本でもハネムーンやリゾート地として人気がある島だ。
クレタ島は、ミノア文明の記憶を残す島である。クノッソス宮殿をはじめ、古代地中海世界の豊かな文化を感じられる場所として、歴史好きにはたまらない。
レスボス島には、また違った静けさがある。明るい空と海、そして島に流れる穏やかな時間。村上春樹の文章を読むと、その風景をいつか自分の目で見てみたいという気持ちになる。
そして、スペッツェス島。
日本ではミコノス島やサントリーニ島ほど有名ではないかもしれない。しかし『遠い太鼓』を読むと、むしろそうした少し控えめな島のほうに、ギリシャの日常の息づかいが残っているように感じられる。

『遠い太鼓』の「死に犬現象」
『遠い太鼓』のギリシャ篇で、とても村上春樹らしいと思う場面がある。
それが、いわゆる「死に犬現象」である。
強い日差しのなか、島の通りで犬たちがぐったりと横たわっている。その姿があまりに無防備で、動かない。生きているのか、死んでいるのか、一瞬わからないほどである。
もちろん、実際にはただ寝ているだけなのだろう。
けれどその光景を「死に犬現象」と呼んでしまうところに、村上春樹の旅の視線がある。大きな名所や歴史的事件ではなく、道端に寝そべる犬たちの姿から、その土地の気候や時間の流れ、人々の暮らしまで見えてくる。
旅の面白さは、こういうところにある。
ガイドブックには載らない。けれど実際に行ってみると、その土地らしさをとてもよく伝えているもの。ギリシャの島々にいる犬や猫たちは、まさにそんな存在だった。
アテネからエーゲ海へ|イドラ島を訪ねる
僕が実際に訪れたのは、アテネから日帰りのエーゲ海クルーズで行くことができるイドラ島だった。
アテネ近郊のピレウス港を出て、エーゲ海へ向かう。船が港を離れると、アテネの街の気配が少しずつ遠ざかり、海の青さが広がっていく。
イドラ島は、車の乗り入れが制限されていることで知られている。島内の移動には、馬やロバが使われる。港に近づくと、白い建物が斜面に沿って並び、海沿いにはカフェやレストランが見えてくる。
華やかすぎず、静かすぎもしない。
観光地でありながら、どこか生活のリズムが残っている島である。
そして、そこには本当に犬や猫がいた。









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