写真紀行、ヴェネツィア編。
ヴェネツィア(イタリア)
ヴェネツィアが織りなす、光と色彩の魔法
ヴェネツィアという街には、色彩そのものに命が宿っている。
それは単なる美しさではない。空気、光、水、そして歴史までもが織り成す、奇跡のような色の重なり。
ルネサンス期に、なぜこの街からあれほど豊かな芸術が生まれたのか——
その理由のひとつが、まさにこの色彩の魔法にあると言われている。

ヴェネツィアは海の上に浮かぶ都市。
湿度をたっぷり含んだ重い空気は、光を柔らかく包み込み、建物や運河を幻想的に映し出す。
朝もやの中、白い宮殿がぼんやりと輪郭を失いながら佇む様子。
午後の陽光が水面にきらめいて、運河に映る壁の色をゆらゆらと揺らす情景。
歩くたび、目に飛び込んでくるのは、空気の中に漂う“光の色”そのものだ。
この街を歩くと、まるで絵画の中に迷い込んだような感覚になる。
ヴェネツィア派の画家たちが愛した色彩の源が、今もなおここに息づいていることを、肌で感じずにはいられない。

ヴェネツィア、夜という名の魔法
ヴェネツィアの昼は美しい。
きらめく光と水が奏でる色彩のハーモニーは、ため息が出るほどだ。
けれど、この街が真にその魔力を発揮するのは——夜。
とりわけ、夕暮れから夜にかけてのひとときは、まるで時間そのものが溶け出すような感覚に包まれる。
サン・マルコ広場から海へと続く道を歩いてみる。
やがて、街灯にほのかな灯りがともり始める。
そのやさしい光が、ひとつまたひとつと水面に揺れ、ヴェネツィアの夜に静かに色をつけてゆく。

ふと、懐かしい映画の中に迷い込んだような気がした。
白黒のスクリーンの向こうから漂ってくるような、ノスタルジーが街を包んでいる。
観光客たちはそろそろホテルへ、地元の人たちも家路をたどり、水上バス乗り場に足早に向かっていく。
誰もいなくなった波止場に立ち、静かに耳を澄ます。
ちゃぷ、ちゃぷ、と波の音だけが聞こえる。
それは、まるで夜のヴェネツィアが語りかけてくる小さな子守唄のようだった。

漆黒に浮かぶ、千年の記憶 —— ヴェネツィアの夜
ヴェネツィアの夜には、静かな気品がある。
東京やニューヨークのように、眩しいネオンが街を染め上げることはない。
この街の光は、あくまで控えめで、柔らかく、そして美しい。
ところどころに灯る街灯が、石畳をやさしく照らし、
運河に映る光のゆらめきが、まるで呼吸しているかのように揺れる。
その光に浮かび上がるのは、中世を通して1000年の歴史を築いたヴェネツィア共和国の栄華を語る建築たち。
ゴシック様式の窓、バロックの装飾、ビザンティンの名残——
どれもが夜の静寂のなかに、しんと佇んでいる。
昼間には見過ごしてしまうような細部も、
夜のヴェネツィアでは、まるで時間が立ち止まったかのように語りかけてくる。
この街の夜は、光に包まれている。
けれど、それは強く照らす光ではなく、
過去の記憶をやさしく撫でるような、淡く、あたたかな光。
その中に身を置いていると、
旅人であることを忘れてしまいそうになる。
Photo and Writing by Hasegawa, Koichi
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