マティスとピカソの南フランスを旅する|ニース、アンティーブ、ヴァロリスをめぐる美術史散歩

ニースへ向かう|リヴィエラの女王

次に、マティスの南フランスをたどるため、ニースへ向かいたい。

マルセイユから列車に乗ると、やがて車窓に地中海が広がる。

海の青が見えてくると、南フランスに来たという気持ちが一気に高まる。

ニースは、「リヴィエラの女王」とも呼ばれる美しい海辺の街である。

海岸沿いにはプロムナードが続き、青い海と空を求めて、世界中から多くの人々が訪れる。

日光浴をする人、海沿いを散歩する人、カフェでくつろぐ人、美術館をめぐる人。

ニースでは、旅の時間が少しゆっくり流れる。

美術史の旅でありながら、同時に地中海のバカンスでもある。

マルセイユからニースへ向かう列車の旅
マルセイユからニースへ向かう。Photo by HASEGAWA, Koichi

アーティストを魅了したニースの光

南フランスには、画家たちを惹きつける光がある。

ゴッホはアルルで強烈な太陽と色彩に向き合い、セザンヌはエクス=アン=プロヴァンス周辺の風景を描き続けた。

ピカソはアンティーブやヴァロリス、ムージャンで制作し、コクトーやシャガール、デュフィもまた南フランスと深く関わった。

この土地では、光そのものがひとつの主題になる。

海と空の青。

白い建物に反射する光。

午後の柔らかな影。

南フランスの光は、ただ明るいだけではない。色彩を変え、形を柔らかくし、画家たちの目を開いていく。

ニースの海辺に立つと、なぜ多くの画家がこの土地へ向かったのか、少しわかる気がする。

ニースの曇り空と地中海
ニースにて、曇り空の地中海を眺める。Photo by HASEGAWA, Koichi

マティスとニース

20世紀を代表する画家アンリ・マティスも、ニースに魅了されたひとりである。

マティスが初めてニースを訪れたのは、1917年12月だった。

すでに画家として名声を得ていた48歳のマティスは、気管支炎の療養も兼ねて、温暖なニースへやって来た。

ところが、最初の滞在は期待通りではなかった。

海岸沿いのホテル、ボー・リヴァージュに滞在したものの、毎日のように雨が続いたのである。

せっかく南フランスへ来たのに、空は曇り、光は閉ざされている。

マティスは、ニースを離れようと考えた。

しかし滞在の最後に、晴れ上がったニースの景色を見たことで、彼の気持ちは変わる。

冬の太陽が、海と空を青く輝かせた。

その光を見たマティスは、ニースにとどまることを決める。

このエピソードは、とても象徴的である。

マティスを引き止めたのは、ニースという街の光だった。

ニースはマティスの画風をどう変えたのか

ニースでの生活は、マティスの画風にも変化をもたらした。

フォーヴィスム時代の激しい色彩や強い構成に比べ、ニース時代のマティスには、より穏やかで、装飾的で、室内的な感覚が現れてくる。

窓辺の室内。

開かれたカーテン。

海の光。

オダリスク。

模様のある布や壁紙。

マティスは、ニースの光を外の風景としてだけでなく、室内へ入り込む光として描いた。

海そのものを描くだけではなく、海辺の都市で過ごす時間、窓から差し込む光、布や人物の色彩を通して、ニースの空気を画面に変えていったのである。

第一次世界大戦後の時代、ヨーロッパの美術には「秩序への回帰」と呼ばれる傾向も見られた。

戦争の暴力や機械文明の衝撃から離れ、古典的な安定や穏やかな表現へ向かう動きである。

マティスのニース時代も、その大きな時代の空気の中に位置づけることができる。

しかし、マティスの場合、それは単なる過去への回帰ではなかった。

南フランスの光、装飾、室内、人物、色彩を組み合わせながら、彼は新しい静けさと幸福感を探していたように思える。

ニースの天使の湾
ニース「天使の湾」。Photo by HASEGAWA, Koichi

ニースを訪れたら、マティスが滞在したホテルやアパートの周辺を歩いてみるのもいい。

彼が見た海、彼が感じた光、彼が窓辺から眺めたかもしれない空。

そうした場所を歩くと、マティスの作品に出てくる色彩が、少し身近に感じられる。

賑やかなニース市内
賑やかなニース市内。地中海料理も楽しみたい。Photo by HASEGAWA, Koichi

シミエ地区のマティス美術館

ニースを訪れたら、マティス美術館にも足を運びたい。

美術館は、マティスが暮らしたシミエ地区にある。

17世紀の邸宅を利用した建物で、赤みを帯びた外壁と地中海らしい雰囲気が印象的である。

このあたりには、どこかイタリア的な空気も感じられる。

ニースは地理的にもイタリアに近く、歴史的にもイタリア文化の影響を受けてきた街である。そのため、建築や食文化、街の雰囲気にも、フランスとイタリアが重なるような魅力がある。

ニースのマティス美術館
ニースのマティス美術館。Photo by HASEGAWA, Koichi

マティス美術館では、1890年代から晩年の1950年代まで、マティスの長い制作の変化をたどることができる。

大美術館にある代表作ばかりが並ぶわけではない。

しかし、初期から晩年までの歩みを通して見ることで、マティスという画家がどのように変化し、何を追い求めていたのかが見えてくる。

特に、晩年の重要な仕事であるヴァンスのロザリオ礼拝堂に関わる展示は印象的である。

ロザリオ礼拝堂は、マティスが建築、ステンドグラス、陶板装飾、祭服などを総合的に手がけた、晩年の到達点ともいえる仕事である。

ニースでマティスの歩みを見たあとに、この礼拝堂の構想に触れると、彼の芸術が絵画の枠を越えて、空間全体へ広がっていったことが感じられる。

ニースで絵を描く画家
ニースでは今日も絵筆を取る画家がいる。Photo by HASEGAWA, Koichi

マティスとピカソの南フランスを旅する

南フランスを旅すると、マティスとピカソがこの地に惹かれた理由が少しずつ見えてくる。

ピカソにとって、南フランスは陶芸や壁画、晩年の制作へ向かう場所だった。

アンティーブでは地中海を望むアトリエで制作し、ヴァロリスでは陶芸に取り組み、ムージャンでは晩年の日々を過ごした。

マティスにとって、ニースは光の街だった。

海と空の青、窓辺の光、室内の装飾、穏やかな時間。それらは、彼の画風をやわらかく変え、晩年の切り紙絵や礼拝堂の仕事へとつながっていく。

二人はまったく違う画家である。

しかし、南フランスという土地は、それぞれの芸術に新しい展開をもたらした。

パリで前衛を切り開いた二人が、地中海の光のもとで、また別の表現を見つけていく。

その足跡をたどる旅は、美術館の中だけでは味わえない美術史の旅になる。

海を眺め、丘の村を歩き、美術館を訪ねる。

南フランスでは、風景そのものが作品を理解する入口になる。

マティスとピカソの南フランスを旅することは、20世紀美術の大きな流れを、光と風の中で感じることでもある。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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