マルセイユとゴダール映画
マルセイユと聞いて、映画好きなら思い出す作品があるかもしれない。
ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』である。
1960年に公開されたこの作品は、フランス・ヌーヴェルヴァーグを代表する映画のひとつであり、主演はジャン=ポール・ベルモンドとジーン・セバーグ。
物語は、マルセイユから始まる。
主人公ミシェルは車を盗み、逃亡の途中で事件を起こし、その後パリへ向かう。
映画の舞台として強く記憶されるのは、パリの街角かもしれない。
シャンゼリゼを歩くジーン・セバーグ、白黒の画面、ジャズのリズム、乾いた台詞。
けれど、その物語の出発点にマルセイユがあることは、とても面白い。
マルセイユは、映画の中では長く映るわけではない。
それでも、港町から始まる逃亡劇という設定が、作品全体の空気を決めているように感じられる。
港町の緊張感
港という場所には、いつも境界の感覚がある。
陸と海の境目。
出発と到着の境目。
日常と非日常の境目。
マルセイユのような大きな港町には、人や物が集まり、さまざまな人生が交差する。
そこには、明るい地中海の光だけでなく、少し荒っぽい空気や、都市の陰影もある。
『勝手にしやがれ』の主人公ミシェルには、そうした港町の危うさがよく似合う。
自由で、無責任で、どこか切なく、行き場のない若者。
マルセイユの港から始まり、パリへ逃げていくその動きには、港町の持つ流動性が重なっている。
実際には画面に長く登場しなくても、マルセイユはこの映画の精神的な出発点になっているように思える。

本物のフランスという感覚
マルセイユを歩いていると、「本物のフランス」という言葉が少し頭をよぎる。
もちろん、パリも本物のフランスである。
しかしマルセイユには、首都の洗練とは違う、もっと生活に近いフランスがある。
港で働く人、古港を歩く家族、カフェで話す人々、路地の壁、地中海の光、少し雑然とした通り。
整った美しさではなく、生活の厚みがある。
旅先としてのマルセイユの魅力は、そこにあると思う。
きれいな街だけを見たいなら、他にも選択肢はある。
けれど、地中海の港町として長い歴史を背負い、多様な文化が混じり合う街を歩きたいなら、マルセイユはとても面白い。
パリからTGVでマルセイユへ
パリからマルセイユへ向かうなら、TGVが便利である。
出発は、パリ・リヨン駅。
到着は、マルセイユ・サン・シャルル駅。
所要時間は列車によって異なるが、おおよそ3時間ほどで南フランスの港町へ着く。
チケットは事前に予約しておくと安心で、早めに取るほど料金を抑えやすい。
パリ・リヨン駅では、出発前に電光掲示板でホーム番号を確認する。フランスの駅では、発車直前にホームが表示されることもあるので、少し余裕を持って駅に着いておくと落ち着いて動ける。
車内では、窓の外を眺めながら南へ向かう時間を楽しみたい。
パリからリヨン方面へ、さらに南へ。
地図上では一本の移動だが、実際に列車で向かうと、フランスという国の広がりを感じることができる。
マルセイユ・サン・シャルル駅に着いたら、古港方面へ歩いて向かうのもいい。荷物が多ければ地下鉄やタクシーを使ってもよいが、時間に余裕があれば、駅から街へ下っていく道のりも旅の一部になる。
マルセイユの記憶
マルセイユは、強く印象に残る街である。
きらびやかな観光地というより、少し荒削りで、生々しく、地中海の光をまとった港町。
古代から続く港の歴史。
古港を歩く人々。
潮風と船の匂い。
ゴダール映画の記憶。
そして、パリから南へ向かう列車の時間。
それらが重なって、マルセイユという街の印象をつくっている。
旅には、ただ美しいだけではない街が必要だと思う。
少し複雑で、少しざらついていて、でもなぜか忘れがたい街。
マルセイユは、まさにそういう場所である。
パリとは違うフランスを見たいとき、地中海の風を感じたいとき、古港を歩きながら映画のワンシーンを思い出したいとき。
マルセイユは、きっと面白い旅先になる。



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