旅する美術史:ゴッホ《ガシェ医師の肖像》を訪ねて オーヴェルの医師ポール・ガシェとは何者か

ガシェの家を訪ねる

現在、オーヴェールではガシェの家を見学することができます。
家の内部や庭を歩いていると、ここが単なる「ゆかりの家」ではなく、
ゴッホが実際に訪れ、食事をし、語り合い、作品のモチーフを見つけた場所であることが実感できます。

ガシェ宅内部。ゴッホがよく訪ねていた家を、当時の雰囲気のまま残している。Photo by HASEGAWA, Koichi

この家に立つと、ゴッホのオーヴェール時代が少し違って見えてきます。
最晩年の作品群の背後には、孤独だけではなく、人との交流や、家庭の気配、静かな会話の時間もあった。
ガシェ家は、そうした時間の中心にあったのだと思います。

ゴッホを看取ったガシェ親子

1890年7月、ゴッホが自殺を図ったとき、彼の希望ですぐにガシェ医師が下宿ラヴー亭へ呼ばれました。
ガシェは駆けつけ、やがて弟テオとともに、ゴッホの最期に立ち会います。

ゴッホの下宿があったラヴー亭。Photo by HASEGAWA, Koichi

ガシェは後に、「もっと治療できたのではないか」と批判されることもありました。
けれど実際には、彼がゴッホと過ごした時間は二か月あまりにすぎません。
その短い期間の中で、ゴッホは70点あまりの作品を描いています。
そう考えると、ガシェ家との交流は、少なくともゴッホの制作を支える穏やかな背景のひとつだった可能性があります。

さらに重要なのは、ガシェ家がゴッホの死後にも、その作品と記憶をつないでいったことです。
前にも触れたように、ガシェの子息は父の残したゴッホ作品や印象派作品を公的コレクションへと渡すうえで重要な役割を果たしました。
ゴッホ最終章の主要登場人物であるだけでなく、その後の受容史にも関わってくるところに、ガシェ家の面白さがあります。

ガシェの医師としての力量そのものを、僕たちは今となっては正確に測れません。
けれど、彼とその家族が、ゴッホ最晩年にとって重要な存在だったことはたしかです。
《ガシェ医師の肖像》を前にすると、それは単なる「医師の肖像」ではなく、
ゴッホが最後の時期に見出した人間関係のひとつを刻んだ絵として見えてきます。

オーヴェールを歩くと、ゴッホの作品は単独で存在しているのではなく、
村、人、家、庭、会話の記憶と結びついて残っているのだと感じます。
ガシェという人物をたどることは、そうしたゴッホ最終章の空気そのものに触れることでもあるのです。

Photo and Writing by HASEGAWA, Koichi

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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