ダリのカタルーニャを旅する|フィゲラス、カダケス、クレウス岬に残るシュルレアリスムの風景

クレウス岬へ

カダケスからさらに足を伸ばすと、クレウス岬にたどり着く。

クレウス岬は、イベリア半島の東端に位置する荒々しい岬である。
地中海に突き出すこの場所には、カダケスの白い町とはまた違う、硬く、風に削られたような風景が広がっている。

クレウス岬の灯台
クレウス岬にある灯台。Photo by HASEGAWA, Koichi

ごつごつとした岩、乾いた風、海に向かって開かれた空。
この場所に立つと、ダリの絵画にしばしば現れる不思議な地形や、硬質な空間感覚が思い浮かぶ。

ダリの代表作《記憶の固執》には、柔らかく溶ける時計が描かれている。
その背景にある岩場や地平線は、まったくの空想というより、カタルーニャの海岸風景を思わせる。
実際、クレウス岬の荒々しい岩の形は、ダリの想像力と深く結びついていたのではないかと感じさせる。

サルバドール・ダリ《記憶の固執》
サルバドール・ダリ《記憶の固執》1931年、ニューヨーク近代美術館

もちろん、作品と風景を単純に一対一で結びつけることはできない。
しかし、実際にクレウス岬に立つと、ダリが見ていた世界の質感に近づくような感覚がある。

シュルレアリスムの奇妙なイメージは、完全に現実から離れて生まれたわけではない。
むしろ、現実の風景が極端に研ぎ澄まされ、夢の中で変形し、もう一つの現実として現れたものだったのではないか。
クレウス岬は、そう考えさせてくれる場所である。

クレウス岬の夕暮れ

旅の最後に、クレウス岬で夕暮れを眺めた。

地中海の果てに立つと、目の前には青い水平線が広がる。
風が吹き、岩肌が光を受け、海が静かに色を変えていく。
その時間は、とても静かだった。

この旅には、カタルーニャ生まれの友人が同行してくれた。
彼は、自分の故郷であるカタルーニャを深く愛していた。
言葉の端々に、その土地への誇りがあった。

カタルーニャを旅する
カタルーニャを旅する。Photo by HASEGAWA, Koichi

夕陽が地中海へ沈んでいく。
空と海の境界がゆっくり曖昧になり、岩場の影が濃くなる。
その光景は、どこか絵画の中に入り込んだようだった。

僕たち二人だけが、その場所にいた。
観光地として賑わう時間ではなく、ただ風と光と海があるだけの時間。
その静けさの中で、ダリが愛した土地の力を少し感じた気がした。

クレウス岬で沈む夕陽
クレウス岬でカタルーニャに沈む太陽を眺める。Photo by HASEGAWA, Koichi

ダリの芸術は、奇抜で、人工的で、演劇的に見える。
しかし、その根には、この土地の自然がある。
海、岩、光、風、乾いた大地、白い家並み。
それらが、ダリの中で変形し、夢のようなイメージへ変わっていったのではないか。

芸術家に愛された土地を訪ねる

芸術家の作品を理解する方法はいくつもある。
美術館で作品を見ること。
本を読むこと。
時代背景を知ること。
同時代の作家と比較すること。

けれども、芸術家が愛した土地を訪ねることもまた、大切な方法だと思う。

フィゲラスでダリの劇場美術館に入り、カダケスの白い町を歩き、ポルト・リガトの家を訪ね、クレウス岬の岩場に立つ。
そうすると、ダリの作品が少し違って見えてくる。

もちろん、この土地を訪れたからといって、ダリの作品がすぐに分かるわけではない。
《記憶の固執》の謎が解けるわけでも、シュルレアリスムの難しさが消えるわけでもない。

それでも、彼が見たかもしれない光、彼が歩いたかもしれない道、彼が愛した海と岩に触れることで、作品との距離は少しだけ変わる。
作品が、美術館の壁に掛けられた孤立したイメージではなく、土地の記憶と結びついたものとして感じられるようになる。

ジローナの旧市街
ジローナ、カタルーニャの旧市街。Photo by HASEGAWA, Koichi

カタルーニャは、ダリだけでなく、ピカソをはじめ多くの芸術家たちにとって重要な土地だった。
地中海の光、独自の文化、強い地域意識、都市と海と山の近さ。
そうしたものが、芸術家たちの感覚を育ててきた。

ダリのカタルーニャを旅することは、奇想の画家の足跡を追うだけではない。
それは、作品の背後にある土地の力を感じる旅である。

フィゲラスの劇場美術館、カダケスの白い町、ポルト・リガトの家、クレウス岬の夕暮れ。
それぞれの場所が、ダリの芸術世界へ入るための入口になっている。

ダリが描いた夢のような風景は、完全な夢ではなかった。
その夢の奥には、カタルーニャの光と岩と海があった。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつる文章を書いています。

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