ボローニャという街
モランディは、生涯の多くをボローニャで過ごした。
ローマやパリへ出て華やかな画壇の中心に身を置いた画家ではない。
彼はボローニャの街に暮らし、自分のアトリエで、静物を繰り返し描いた。
では、モランディが生きたボローニャとは、どんな街なのか。
実際に歩いてみると、ボローニャはとても落ち着いた街だった。
ローマのような圧倒的な遺跡の都市でもなく、フィレンツェのように美術史の名所が次々に現れる街でもない。
けれど、歩いていて気持ちがいい。
街の色が美しく、道が心地よく、広場に生活の気配がある。
村上春樹は旅のエッセイの中で、ボローニャについて、あまり見どころはないがいい街だというようなことを書いている。
とても率直な表現だが、実際に歩いてみると、その感じがよくわかる。
有名なものを次々に見てまわるというより、街そのものに身を置いて過ごしたくなる。
ボローニャは、そういう街だった。

大学の街、ボローニャ
ボローニャは、ヨーロッパ最古級の大学都市としても知られている。
ボローニャ大学は、中世にまで歴史をさかのぼる名門大学である。
ダンテ、ペトラルカ、ガリレオなど、ヨーロッパ文化史に名を残す人物たちとも関わりがある。
街を歩いていると、大学都市らしい空気を感じる。
古い建物があり、学生がいて、書物と議論の歴史が街の中に残っている。

大学の街には、独特の時間が流れている。
観光都市の時間とは少し違う。
学ぶ人、暮らす人、通り過ぎる人が混ざり合い、日常の中に知の歴史がある。
モランディが暮らした街としてボローニャを見ると、この大学都市としての落ち着きも重要に思えてくる。
派手ではないが、深い。
外へ向かって大きく叫ぶのではなく、内側でじっくり思考する。
その空気は、モランディの絵の静けさともどこか通じているように感じられた。
ボローニャの美術史
ボローニャは、美術史の街でもある。
特にバロック美術を語るうえで、カラッチ一族の存在は重要である。
中でもアンニーバレ・カラッチは、十六世紀末から十七世紀初頭のイタリア美術に大きな役割を果たした画家だった。
ローマのファルネーゼ宮殿に描かれた天井画は、バロック初期の代表的な作品として知られている。
カラッチ一族は、マニエリスム以後の絵画を刷新し、古典性と自然観察を結びつけながら、新しい時代の絵画へ道を開いた。
ボローニャは、食と大学の街というだけではない。
美術史の中でも、静かに重要な位置を占めている。
モランディが生まれ育った背景にも、この街の長い芸術的な土壌があったのだろう。
彼の作品は前衛的でありながら、どこか古典的でもある。
その不思議な均衡は、ボローニャという街に重ねて見ることができる。
美食の街で食べる
ボローニャは、美食の街としても有名である。
日本でもよく知られるボロネーゼは、この街の名前から来ている。
ただし、現地ではスパゲッティではなく、タリアテッレと合わせるのが一般的だ。
ボローニャで食べる料理は、どこか安心感がある。
飾りすぎず、しっかりおいしい。
観光地の料理というより、土地に根づいた食の豊かさを感じる。
何気なく入ったレストランが、とてもおいしい。
そういう街は、旅人にとってうれしい。
美術館を見て、街を歩き、夕方になったら食事をする。
その流れが自然に楽しい街だった。
モランディの静かな絵を見たあとに、ボローニャの豊かな食卓に向かう。
その組み合わせも、どこかこの街らしい。
ポルティコの街
ボローニャの街を歩いていて、何より印象に残るのがポルティコである。
ポルティコとは、街路に沿って続く柱廊のことだ。
日本語で言えば、列柱廊、あるいはアーケードに近い。
ボローニャの旧市街には、このポルティコが長く張り巡らされている。

ポルティコの下を歩くと、街の印象がとてもやわらかくなる。
強い日差しを避けることができ、雨の日にも歩きやすい。
実用的な建築でありながら、その連続する空間が街に独特のリズムを与えている。
柱が続き、影が続き、その先に光が見える。
昼には日陰が心地よく、夜には店の灯りや街灯がポルティコの奥ににじむ。
ボローニャの色は、赤煉瓦とクリーム色だと思う。
壁、屋根、柱、広場。
街全体に温かな色があり、その中をポルティコが静かにつないでいる。
夜のポルティコはとても美しい。
食事を終えて、少しだけ街を歩く。
店の灯りが柱の奥にこぼれ、石畳に影が落ちる。
観光名所を見ているというより、街の呼吸の中を歩いているような気がする。
モランディとボローニャの静かな時間
ボローニャを歩いたあとでモランディの絵を思い出すと、その静けさが少し違って見えてくる。
彼の絵は、閉じたアトリエの中で描かれた静物画である。
しかし、その背景には、ボローニャという街の時間がある。
大学都市の落ち着き。
中世から続く建築のリズム。
ポルティコの影。
美食の街の豊かさ。
古典と前衛が同居する美術の土壌。
それらが直接描かれているわけではない。
けれど、モランディの静物画の奥には、この街でしか生まれなかった沈黙があるように思える。
ボローニャは、派手な街ではない。
しかし、歩いているうちに好きになる街だった。
モランディの絵もまた、最初から強くこちらをつかむ絵ではない。
けれど、時間をかけて見るほど、深く心に残る。
その意味で、モランディとボローニャはよく似ている。
静かで、控えめで、しかし何度も思い出したくなる。
ボローニャの旅は、そんな街と画家に出会う時間だった。








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