アイルランドの首都ダブリンを歩くと、街の空気の中に音楽が流れているように感じる。
リフィー川に架かる橋、石造りの建物、パブの灯り、夜のテンプルバー。
歴史と文学の街でありながら、どこかロックの響きもよく似合う。
その理由のひとつに、やはりU2の存在がある。
U2は、このダブリンで生まれた世界的ロックバンドである。
彼らの音楽を聴きながらこの街を歩くと、曲の奥にある風景が少し見えてくる気がする。
海を越えるようなギターの音、祈りのような声、遠くへ向かう感情。
それらは、ダブリンという街の湿った空気や、アイルランドの風景とどこか深く結びついている。
今回は、U2の足跡を探しながら、ダブリンの街を歩いた記憶をたどってみたい。
U2の音楽とアイルランドの風景
U2の音楽を初めて風景と強く結びつけて聴いたのは、イギリスの田舎を歩いていたときだった。
当時、リリースされたばかりのアルバムを聴きながら、緑の多い静かな道を歩いていた。
そのとき、ギターの響きと目の前の風景が驚くほど自然に重なった。
「ああ、この音楽はこのあたりの空気から生まれたのかもしれない」
そんなふうに思った。
もちろん、U2はアイルランドのバンドであり、イギリスの田園風景とそのまま同一視することはできない。
けれども、曇った空、緑の大地、湿った風、海に近い島の空気。
そうしたものが、U2の音楽にはどこか流れているように感じられる。
アイルランドは、イギリスと地理的にも近い。
しかし、実際に訪れてみると、似ている部分とまったく違う部分がある。
ケルト文化、独自の歴史、音楽、文学、宗教的な記憶。
それらが重なって、アイルランドならではの空気を作っている。

U2の音楽が持つ広がりは、こうした島の風景とよく響き合う。
都会的でありながら、どこか荒野や海の気配がある。
個人的でありながら、祈りや社会への問いにもつながっていく。
ダブリンを歩くと、その音楽の背景にある街の気配を、少しだけ感じることができる。
U2が生まれた街、ダブリン
U2の物語は、1970年代のダブリンから始まる。
ドラマーのラリー・ミューレンJr. が学校に貼ったバンドメンバー募集の広告。
そこに集まった若者たちが、後に世界的なバンドとなっていく。
ボノ、エッジ、アダム・クレイトン、ラリー。
彼らの音楽は、ダブリンという街から始まり、やがて世界へ広がっていった。
ダブリンは、決して巨大な都市ではない。
ロンドンやニューヨークのような圧倒的なスケールとは違う。
けれども、この街には文化の密度がある。
ジョイスをはじめとする文学の記憶。
ギネスやジェムソンに象徴される酒場の文化。
リフィー川を挟んで広がる街並み。
そして、U2の音楽。
それらがひとつの街の中で重なっている。
ダブリンを歩く楽しさは、名所を一つずつ確認していくことだけではない。
街の角を曲がるたびに、文学や音楽や酒場の気配が不意に現れることにある。
U2の足跡も、そのような街の記憶の一部として残っている。
Windmill Lane Studios 周辺へ
U2ファンにとって、ダブリンで訪ねたい場所のひとつが、Windmill Lane Studios 周辺である。
U2の初期作品や重要な録音と結びつく場所として知られ、多くのファンがこの一帯を訪れてきた。
かつてのスタジオ周辺には、ファンによるグラフィティが残され、世界中からこの街へ来た人々の思いが壁に刻まれていた。

音楽の聖地というものは、不思議な場所である。
そこに行けば演奏が聴こえるわけではない。
本人たちに会えるわけでもない。
ただ、建物や通りがあるだけである。
それでも、そこに立つことで、音楽が少し現実の場所と結びつく。
CDや配信で聴いていた音が、街の空気、壁、道、川の近さと重なってくる。
Windmill Lane 周辺を歩いていると、U2というバンドが突然世界に現れたのではなく、この街の若者たちとして始まったのだという当たり前のことを思い出す。
世界的なロックバンドにも、最初の場所がある。
最初に音を出した街があり、仲間が集まった学校があり、録音したスタジオがあり、歩いた道がある。
そのことを感じられるのが、ダブリンの面白さだった。
リフィー川とハーフペニーブリッジ
ダブリンの街を歩くとき、リフィー川の存在は大きい。
川が街の中心を流れ、その両岸に通りや建物が並ぶ。
橋を渡るたびに、街の表情が少し変わる。
中でもよく知られているのが、ハーフペニーブリッジである。
白い鉄のアーチを持つ歩行者専用の橋で、ダブリンを象徴する風景のひとつになっている。

この橋は、1816年にリフィー川に架けられた歴史ある橋である。
南岸のテンプルバー周辺と、北岸の通りを結んでいる。
U2の初期の写真にも、この橋やダブリンの街角が登場する。
そのことを知ってから歩くと、ただの橋が少し特別に見えてくる。
もちろん、ダブリンの人々にとっては日常の橋である。
観光客が写真を撮り、地元の人が通り過ぎ、夜にはライトが灯る。
それでも、音楽の記憶と重なることで、風景は少し違って見える。
橋の上に立ち、リフィー川を眺める。
水面に街の光が揺れる。
そのとき、U2の音楽が頭の中で静かに流れてくるようだった。
クラレンス・ホテルの記憶
ダブリンで印象に残っている場所のひとつが、クラレンス・ホテルである。
テンプルバー周辺にあるこのホテルは、U2との関わりでも知られている。
重厚な扉を前にしたとき、少し胸が高鳴った。

ホテルのバーに入ると、外の賑わいとは違う落ち着いた空気があった。
薄暗い照明、静かなカウンター、グラスの音。
そこに座っているだけで、ダブリンの夜が少し深くなったように感じた。
バーテンダーから、ボノが少し前にバーに来ていたという話を聞いた。
本当のところ、どこまで偶然に近かったのかは分からない。
けれども、一足違いでその場に居合わせたかもしれないと思うと、どうしても気持ちが高ぶった。
旅には、そういう小さな高揚がある。
有名人に会えたわけではない。
特別な出来事が起こったわけでもない。
ただ、「ここに来たのだ」という実感が、急に強くなる瞬間がある。
クラレンス・ホテルのバーで過ごした時間は、まさにそんな時間だった。








アイルランドに行ったことがないから是非行ってみたいです。クラレンス・ホテルに泊まってみたい!バーに行って、ボノがいたらびっくりしますね。今夜はU2の曲を聴きながら夕食をつくろうかな~
アイルランドいいですよ!U2聴きながらぜひ今度旅してみてください〜‼️