パリの街を歩いていると、美術館で見た絵の中へ入り込んだような気持ちになる場所がある。
そのひとつが、モンマルトルである。
丘の上へ続く坂道、石畳の路地、古い家並み、観光客でにぎわう広場、そしてどこかに残る下町の気配。モンマルトルは、パリの中でも特に芸術家たちの記憶が濃く残る場所だ。
今回取り上げるのは、ルノワールの傑作《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》である。
オルセー美術館に所蔵されるこの作品は、日曜の午後、モンマルトルのダンスホールに集う人々を描いた、印象派を代表する名画のひとつである。
楽しげな会話、踊る人々、木漏れ日のきらめき。画面全体には、パリの午後の幸福なざわめきが広がっている。
この記事では、ルノワールの《ムーラン・ド・ラ・ギャレット》を手がかりに、作品の舞台となったモンマルトルを歩いてみたい。
ルノワール《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》
《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》は、1876年にルノワールが描いた作品である。
舞台となったのは、当時モンマルトルにあった「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というダンスホールだった。
現在の私たちがこの作品を見ると、明るく楽しいパリの一場面として受け取ることが多い。けれど、そこに描かれているのは、単なる華やかな社交界ではない。
ここに集まっているのは、庶民、学生、若い芸術家たちである。日曜の午後、仕事や日常から少し離れ、人々が踊り、語り、笑い合う。ルノワールは、近代都市パリのなかに生まれた新しい余暇の風景を描いたのである。

この作品についてよく語られるのが、ルノワールが実際にカンヴァスを現場へ持ち込んで制作したという話である。
ただし、完成作は131×175cmという大きなサイズであり、毎回その大きなカンヴァスを運ぶのはかなり大変だったはずだ。そのため、現場で小さな習作や観察を行い、それをもとにアトリエで仕上げていったとも考えられている。
いずれにしても、この作品には現場の空気が強く残っている。
人々の動き、会話のざわめき、木々の間から差し込む光。画面を見ていると、まるでその場に立っているような感覚になる。

ムーラン・ド・ラ・ギャレットとは何か
「ムーラン」とは、フランス語で風車を意味する。
現在のモンマルトルはパリの一部として知られているが、かつては風車や畑のある郊外の村だった。19世紀半ばにパリ市に編入されるまでは、中心部とは少し違う、のどかな土地だったのである。
ムーラン・ド・ラ・ギャレットは、もともと製粉業を営んでいたドブレー家が関わった場所で、のちにダンスホールとして人々を集めるようになった。
名前の「ギャレット」は、入場者に配られた菓子に由来するとされる。
風車が目印となり、日曜の午後になると、人々がここへ集まってきた。踊るため、友人に会うため、飲み、語り、少しだけ日常を忘れるためである。
ルノワールが描いたのは、まさにそのような場所だった。
パリの中心部の格式あるサロンではなく、モンマルトルの開放的なダンスホール。そこに集まる若者たちの自由な雰囲気が、この作品の大きな魅力になっている。
木漏れ日の光が踊る
《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》で特に美しいのは、木漏れ日の表現である。
画面の中では、人々の顔や服、帽子、テーブルの上に、青みを帯びた光と影が斑点のように散っている。木々の葉の間を通った光が、踊る人々の上に降り注いでいるのである。
この光は、ただ人々を照らしているだけではない。
踊る人々と同じように、光そのものも画面の中で動いているように見える。人物の輪郭ははっきりと固められず、光と空気のなかに溶け込んでいる。
ここに、印象派らしさがある。
ルノワールは、そこにいる人々を一人ひとり厳密な肖像として描くよりも、その場の明るさ、楽しさ、空気の揺らぎを描こうとしている。
ダンスホールでの人々の動きと、木漏れ日のきらめき。
その二つが重なることで、画面全体がひとつの音楽のように感じられる。









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