ヴェネツィアの水夫たち
ヴェネツィアは、水の都である。
その言葉はあまりにもよく知られているけれど、実際に水上バスに乗り、島々のあいだを進んでいると、改めてその意味が身体に入ってくる。
道の代わりに運河があり、車の代わりに船が行き交う。
中世のヴェネツィア共和国の時代から、この街の人々にとって海はただの風景ではなかった。商いの道であり、戦いの舞台であり、暮らしの場でもあった。
今では、ヴェネツィアといえば世界中から観光客が集まる街という印象が強い。けれど、本島から少し離れると、観光地の華やかさとは違う、地元の空気がふっと流れてくる。

ムラーノ島の近くを通ったとき、ひとりの男性が小さな船で水面を横切っていった。
霧の中で船を操るその姿には、観光地としてのヴェネツィアとは別の時間があった。
ガラス工芸の島として知られるムラーノ。その周辺の水路を、船が静かに進んでいく。
その一瞬を見て、僕は思った。
ヴェネツィアには、今も海の男たちがいる。
大聖堂や宮殿だけではない。水の上で働き、水の上を移動し、水とともに暮らす人々の姿もまた、この街の記憶を支えている。
霧の中を進む小さな船は、かつて海へ向かったヴェネツィアの男たちの遠い面影を、ほんの少しだけ見せてくれた。








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