青森ねぶたを旅する|ワ・ラッセで出会った夏祭りの光

ねぶたの迫力といったら!

まだ見ぬ祭りの夜へ

僕はまだ、青森ねぶた祭りの本番を見ていない。
だからこの記事は、祭りそのものの体験記ではない。
むしろ、祭りの気配に触れた旅の記録である。

けれど、ワ・ラッセでねぶたを見たことで、青森の夏への憧れは前よりも強くなった。

本当の祭りの夜には、ここで見たねぶたが、街へ出る。
展示室の静けさの中にあったものが、音と光と人の熱気の中で動き出す。
その瞬間を、いつか見てみたい。

東北の祭りには、どこか祈りに近い力があるように思う。
厳しい冬を越え、短い夏を迎え、その喜びを街全体で爆発させる。
青森ねぶたもまた、そうした東北の夏のエネルギーを象徴しているのだろう。

「跳ねに来い」

友人のその言葉を、今になって少しわかる気がする。
ねぶたは、遠くから眺めるだけでは足りないのかもしれない。
音を聞き、光の中に入り、身体を動かすことで、ようやく祭りの一部になる。

青森の旅に残るもの

青森の旅には、いろいろな楽しみがある。
八甲田山の自然、十和田湖の静けさ、太宰治ゆかりの場所、海の幸、りんごの甘さ。

その中で、ねぶたはやはり特別な存在だと思う。
青森という土地の色、音、熱気が、ひとつのかたちになっている。

ワ・ラッセで見た大型ねぶたは、祭りの一場面を切り取ったようでもあり、まだ見ぬ夏の夜への招待状のようでもあった。

青森駅前で出会った光の造形。
その鮮やかさは、旅を終えたあとにも、しばらく心に残った。

いつか夏の夜に、青森の街で本当のねぶたを見たい。
できることなら、ただ見るだけではなく、少しだけでもその熱気の中に入ってみたい。

青森ねぶたは、そんなふうに次の旅へ心を向かわせてくれる祭りだった。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつる文章を書いています。

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