スイス・グリンデルヴァルト写真紀行|初夏のアルプスと牛たちのいる風景

アルプスの滑り台

アルプスの牛たち

グリンデルヴァルトを歩いていると、すぐ近くに牛がいた。

観光地の風景として遠くに見える牛ではなく、本当にすぐそばにいる。人に慣れているのか、周りを気にしないのか、のんびりと草を食べている。

その姿が、なんとも気持ちよさそうだった。

ただ草を食べる。

周囲の景色にも、人間にも、特に関心を払わない。自分の時間の中で、自分のやるべきことをやっている。

その「我関せず」という感じが、妙に頼もしく見えた。

アルプスの風景の中に牛がいると、景色がただ美しいだけではなくなる。

そこに暮らしがあるのだと感じる。

グリンデルヴァルトの草原で草を食べる牛
牛も気持ちよさそうに草を食べている。Photo by HASEGAWA, Koichi

草原を保つ人と牛の営み

とはいえ、この美しい牧草地の風景は、自然にそこにあるだけではない。

放牧をする家の人たちの仕事は、決して楽ではないはずだ。

早朝から起きて牛の世話をし、搾乳をし、放牧し、小さな牛の面倒を見る。チーズ作りに関わることもあるだろう。

そして、山岳地帯ならではの移牧がある。

夏には牛を山の上の牧場へ連れていき、冬には麓へ戻る。草を求めて、季節に合わせて山を移動しながら暮らす。

旅人として眺めていると、アルプスの牧草地はただ美しい。

けれどその美しさの背後には、人の労働がある。牛たちの営みがある。長い時間をかけて続けられてきた土地の使い方がある。

実際、放牧によって草地が保たれている面もあるのだろう。

牛が草を食べることで、牧草地は手入れされ、開けた明るい風景が維持される。僕たちが気持ちよく眺めているアルプスの草原は、酪農家の人々と牛たちの働きによって保たれている。

夏のアルプスの牧場と牛たち
夏場は山の上の牧場で過ごす牛たち。Photo by HASEGAWA, Koichi

グリンデルヴァルトの記憶

グリンデルヴァルトの風景を思い出すと、まず浮かぶのは山の大きさである。

けれど、それだけではない。

初夏の光、草原の匂い、木製の滑り台、すれ違ったカップルの笑顔、のんびり草を食べる牛たち。

旅の記憶は、名所の名前だけでできているわけではない。

むしろ、少し恥ずかしかったことや、誰かと一瞬だけ笑い合ったこと、動物を眺めながら何かを感じたことのほうが、あとになって鮮やかに残ることがある。

アルプスの雄大な風景の中で、滑り台を滑ったこと。

牛がただひたすら草を食べていたこと。

その何気ない場面が、今もグリンデルヴァルトの記憶として残っている。

スイスの景観は、人と自然と動物の営みが重なって保たれている。

そのことを、初夏のアルプスの草原で、少しだけ感じることができた。

筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。

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