ガウディ《カサ・バトリョ》を旅する|バルセロナに現れた海とドラゴンの建築

カサ・バトリョに現れる海のイメージ

《カサ・バトリョ》を見たとき、僕が最初に感じたのは「海が現れた」という印象だった。

バルセロナのグラシア通りという都市の中に、突然、海の世界が立ち上がっているように見えたのである。

壁面の色彩は、水面のきらめきのようであり、窓や装飾は貝殻や珊瑚を思わせる。曲線的な外観は、波の動きにも似ている。

ガウディ建築には、自然から着想を得た形が多く見られる。

植物、骨、貝、波、山、洞窟。自然界の形を建築に取り込み、そこから新しい空間を生み出していく。

《カサ・バトリョ》の場合、その自然のイメージは、特に海へ向かっているように感じられる。

バルセロナは地中海の都市である。

そう考えると、この建物に漂う海の気配は、街そのものの記憶とも響き合っているのかもしれない。

曲線がつくるガウディの美

ガウディ建築を特徴づけるもののひとつが、曲線である。

ガウディは、自然の中には直線よりも曲線が多く存在すると考え、建築の中に曲線的な構造を積極的に取り入れた。

《カサ・バトリョ》にも、その特徴がよく表れている。

外壁は平らではなく、波打つように揺らいでいる。窓の形も、柱の形も、屋根の線も、どこか有機的である。

この曲線は、単なる装飾ではない。

建物全体の印象を変え、都市の中に自然のリズムを持ち込んでいる。

近くにある《カサ・ミラ》も、ガウディの曲線美を代表する建築である。こちらは地中海の波を思わせる外観で知られ、グラシア通り周辺で《カサ・バトリョ》とあわせて見たい建物である。

ガウディの建築を見ると、建築が四角い箱である必要はないのだと感じる。

建物は、波のようにも、岩のようにも、骨のようにも、植物のようにもなりうる。

その自由さが、ガウディの建築を今も新鮮に見せている。

バルセロナのカサ・ミラ
《カサ・ミラ》も、ガウディの曲線美を味わえる建築である。Photo by HASEGAWA, Koichi

トレンカディスが生み出す色彩

《カサ・バトリョ》の外壁を印象づけているもうひとつの要素が、トレンカディスである。

トレンカディスとは、破砕タイルを用いたモザイク装飾のことである。割れたタイルや陶片を組み合わせ、建物の表面に色彩と光の変化を与える技法だ。

ガウディはこの技法を好んで用いた。

《カサ・バトリョ》の壁面では、破砕タイルやガラス片が、光を受けて細かく反射する。その表面は、まるで水面や珊瑚礁のように見える。

完全に均一なタイルではなく、割れた破片を組み合わせるからこそ、色や形に揺らぎが生まれる。

その揺らぎが、海のような印象をつくり出している。

カサ・バトリョのトレンカディス装飾
トレンカディスの技法によって、海のような色彩が生まれている。Photo by HASEGAWA, Koichi

ガウディとジュジョールの共同作業

《カサ・バトリョ》の色彩表現を考えるうえで、ガウディの弟子であるジュゼップ・マリア・ジュジョールの存在も重要である。

ジュジョールは、ガウディの仕事に深く関わった建築家・デザイナーであり、色彩や装飾の面で大きな役割を果たしたとされる。

ガウディが全体の構想を導き、ジュジョールがその色彩や装飾の可能性を広げていく。

《カサ・バトリョ》の壁面に見られる鮮やかな色彩や、海を思わせる表面のきらめきには、そうした共同作業の豊かさが感じられる。

ガウディ建築というと、どうしても天才ガウディひとりの作品として語られがちである。

もちろんガウディの構想力は圧倒的だ。

けれど、その建築は多くの職人や協力者の手によって実現したものでもある。ジュジョールのような才能が加わることで、ガウディの建築はさらに豊かな表現へと広がっていった。

《グエル公園》にも、曲線とトレンカディスが生み出す色彩の魅力がよく表れている。

グエル公園の曲線とトレンカディス装飾
グエル公園もまた、曲線と色彩の共演である。Photo by HASEGAWA, Koichi

バルセロナでガウディ建築を見る楽しさ

バルセロナを旅する楽しさのひとつは、街の中でガウディ建築に出会えることだ。

《サグラダ・ファミリア》のような壮大な宗教建築もあれば、《カサ・バトリョ》や《カサ・ミラ》のように、都市の通りに面した住宅建築もある。

ガウディの建築は、美術館の中に収められている作品ではない。

街の中にあり、人々の視線を受け、通りの風景を変えている。

《カサ・バトリョ》の前に立つと、建築を見るというより、ひとつの生きた造形物と向き合っているような感覚になる。

ドラゴンの背中、骨のような柱、海を思わせる壁面、波のような曲線。

どのイメージも、ひとつに決める必要はない。

むしろ、いくつものイメージが同時に立ち上がることこそ、《カサ・バトリョ》の魅力なのだと思う。

バルセロナのカサ・バトリョ外観
カメラを持って、鮮やかな《カサ・バトリョ》を撮りに行きたい。Photo by HASEGAWA, Koichi

カサ・バトリョを旅するということ

《カサ・バトリョ》は、単なる名建築ではない。

そこには、カタルーニャの伝説があり、地中海の海のイメージがあり、自然界の形を建築へ取り込もうとしたガウディの思想がある。

そして、トレンカディスの色彩、職人たちの手仕事、ジュジョールとの共同作業もある。

この建物を見ることは、ガウディという天才を見ることであり、同時に、バルセロナという都市の文化を見ることでもある。

グラシア通りに立ち、《カサ・バトリョ》を見上げる。

そこにドラゴンを見る人もいるだろう。

骨の家を見る人もいるだろう。

海の宮殿のように感じる人もいるかもしれない。

僕にとっては、やはり「街に現れた海」のような建築だった。

バルセロナを旅するなら、ぜひこの建物の前で少し立ち止まってみてほしい。

ガウディの建築は、ただ眺めるだけでは終わらない。

見るほどに、形が動き出し、色彩が揺らぎ、建物がひとつの物語のように語りかけてくる。

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筆者について

長谷川浩一|美術史家・講師・執筆

旅先で出会った街角の光、夜の気配、建築や風景に残る時間の層を、
写真と言葉で記録しています。
東京では西洋美術史講座 Edogawa Art Salon, Tokyo を開き、
noteでも美術や旅にまつわる文章を書いています。