ニースの光の中で、マティスを考える

いま、パソコンの前に座っている。
机の上にはメモが散らばり、画面には作品画像や年表、引用したい文章が並んでいる。
次に僕が担当する「西洋美術史講座」の準備を進めているところだ。

テーマをアンリ・マティスに決めたのは、ほかでもない自分自身だ。理由はいくつかある。

ひとつは、単純に僕がマティスを好きだということ。
そしてもうひとつ——こちらの方が大きいのだが——好きなのに、「どこが好きなのか」を自分の言葉でうまく説明できない、という引っかかりがずっと残っていることだ。

一般の方に向けて美術の魅力を語るには、史実を並べるだけでは足りない。自分の中にある疑問をいったん表に出し、問い直し、手触りのある理解に変えていく必要がある。もちろん、さらっと要点だけを紹介する講座もあり得る。でも、それだと一番つまらないのは、たぶん僕自身なのだ。

そんなふうに、マティス講座に向けてあらためて勉強を進めていると、ふと、以前マティスを巡って南フランスを歩いた日のことがよみがえってきた。正確には、ニースを拠点にして、周囲の街々をゆっくりと巡っていた旅である。

ニースの海岸

ニースを離れる最終日、「やはり一度は行っておきたい」と思ってバスに乗り、シミエの丘にあるマティス美術館へ向かった。
目に飛び込んできたのは、赤い壁の建物。あれがマティス美術館だ。訪れたのは5月、初夏の始まり。地中海の光がさんさんと降り注ぎ、赤い壁がいっそう鮮やかに浮かび上がっていた。

マティスが住んだニースのシミエ地区

館内もまた、地中海の館らしく、太陽の光をたっぷりと取り込んでいた。その光の中でマティスの作品を見る。いま思い返しても、あの体験は特別だった。

マティスの色彩は、ただ“美しい”のではない。画面に生命力を満たすための、決定的な役割を担っている。色の配置は、鑑賞者の視線を画面上で動かす。モチーフそのものにもリズムがあるが、色の関係がその動きをさらに増幅し、見る側の身体まで巻き込んでいく。マティスは、絵の中に「生命力が立ち上がる回路」をつくっているのだと思う。

そして、色と色の関係は、僕たちの身の回りの世界にもそのまま還元される。人は色の間を歩き、光の中で生きている。
そう考えると、マティスの芸術は「動きの芸術」なのだ、と腑に落ちる。変化の中でこそ幸福が生まれる——マティスの作品群は、そんなふうに語りかけてくる。

講座ではこの「動き」を、作品を通していっしょに確かめてみたい。ニースの光の記憶を手がかりにしながら。

長谷川浩一

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